[空林会昇段論文]
○2018年07月08日 合格
参段 小林正和
参段 筒井裕子
参段 梅村佳津良
四段 杉山翔恒
五段 金野 健

○2016年12月12日 合格
初段 増子慎一

○2014年04月24日 合格
初段 茂木優佳
初段 渡部洋希

○2013年08月24日 合格
初段 小林則子

○2013年02月28日 合格
初段 杉原伊織
弐段 筒井裕子

○2011年11月26日 特別昇段審査合格
初段 間瀬憲隆
弐段 小林正和
弐段 N
参段 杉山翔恒
参段 安藤真行
参段 松本祥男
四段 金野 健

○2010年8月22日 合格
初段 筒井裕子
初段 小林正和
初段 渡部雅貴

○2009年9月12日 合格
初段 間瀬恵子
初段 N

○2007年3月24日 合格
初段 武井拓也
初段 大澤洋樹
初段 山本陽士
初段 間瀬拓海

○2005年4月3日 合格
初段 萩原雅貴
初段 真塩福志

○2005年12月10日 合格
初段 安藤悠香



2018年07月08日合格
小林正和

1.空手道を修行するきっかけと、今まで修行して得られたものは何か。

 

 30歳になって運動から遠ざかっていたこともあり体力の衰えを自覚するようになっていた頃、友人がキックボクシングを始めたことに触発され、私も何か始めようと武道系を探していた際、琉球古武道・空手道という文字に目が留まり、当会を見学したのが、空手道を始めるきっかけとなりました。

 当初は琉球古武道を習いたいという気持ちの方が大きかったのですが、空手道の修行にものめり込んで行きました。

 世の中何がきっかけになるのかわかりません。これも一つの(空手道との)縁であろうと思います。

 修行を通して、当初の目的である体力作りや、多少なりとも空手の技を得ることができたと思います。

 大会、審査等の行事を通して、たくさんの知己を得ることもでき、これらを思い返すと、たくさんの思い出が脳裏に浮かんできます。そのような経験を通し、とても充足した時間を得ることができました。

 これからも空手道を通して健康な身体をできるだけ維持し、充足した人生を送れるよう修行していきたいと思います。

 

2.空手道を稽古する上において、必要な筋肉は何か。

  稽古前の基礎トレについて、どこを鍛えるかを念頭に入れ構成せよ。

 

 まずどの部位も大事ではありますが、特に必要な筋肉として、大腿四頭筋(太もも表側)、大腿屈筋群(太もも裏側)、臀筋群(お尻〜腰)といった足腰といわれる部分があげられます。

 特に素早く移動するとき、遅く移動するときはもちろん、攻撃するとき、攻撃されたときなど、姿勢を安定させるためにも必要です。

 他の筋肉が十分でも足腰の筋肉が弱ければ、姿勢は安定しません。逆に言えば、足腰より上の姿勢が崩れても足腰がしっかりしていれば、姿勢を立て直すことも可能です。

 また、激しく動くと膝や腰に大きな負担がかかり、この負担を吸収できないと膝痛、腰痛を引き起こします。関節を保護する意味でも重要な部位となります。

 また、姿勢を安定させるという点から考察すると、前述の大腿四頭筋以外にも姿勢の維持として脊柱起立筋(背骨の両側の筋肉)、腸腰筋(腰)も必要になってきます

 これらの筋肉は空手の形を正しく行うことでも鍛えることができますが、意図的に強化する手法としてスクワットが有効です。

 スクワットはキング オブ トレーニング(訳:鍛錬の王)と言われるぐらいで、正しく行うと足腰の強化、脊柱起立筋の強化など体の大部分の強化につながります。

 正しく行わないと返って膝を痛めるため、フォームを意識してやらなくてはいけません。

足腰から、体幹、背筋、腕と鍛えていくように意識してトレーニングを行うと良いと思います。

 次に重要と考えるのは、上半身と下半身をつなぐ体幹(腹筋、背筋)です。

体幹を鍛えるためにプランク、カールアップを行います。

 腹筋といえばシットアップ(腹筋運動、上体起こし)が定番と思いますが、現在では腰痛の原因になるとして、米軍や加軍では体力測定から除外され、日本ではバスケット協会などで推奨されないトレーニング方法として警鐘を鳴らしています。

 3040年前ぐらい前は当たり前であったうさぎ跳びや、膝を伸ばした腹筋運動が腰を痛めるというデータがあり、膝を曲げる腹筋運動が推奨されるた事と同様に、今度は腹筋運動自体が危険なトレーニング方法として指摘され、代わりに、プランク、カールアップが提唱されています。

 同様のものとして、レッグレイズ(足上げ腹筋)も腰痛を誘引するものとして、警鐘が鳴らされていますが、お尻の下に手を敷き、腰骨の位置を正すことで、腰痛を防げると言われています。

 腕の筋トレとして、拳立てを行います。

 通常のプッシュアップ(腕立て伏せ)でも腕の筋肉はつくのですが、その際空手のこぶしの握り方を身に付けるため、人差し指と中指の拳頭を床につけて行います。強く握りこまないと手首を痛めてしまうため、注意が必要です。

 これら全般的に言えることとして、基礎トレも正しい方法でやらなければ、かえって体を壊してしまうという点です、まずは、正しいフォームを身に付け、そのあと、徐々に体に無理の無いよう負荷を高めていくべきです。

 

3.支部長としての心得を述べよ。

�@環境を整える

 稽古場所を確保するだけに留まらず、空手に興味のある人を募ったり、大会、行事に参加、催したりすることで、向上心を育て、切磋琢磨できる環境を作っていくことです。

 

�A怪我・故障の防止

 稽古中に限らず、休憩中、さらに言えば日常生活においても怪我・故障はいつ起きてもおかしくありません。特に筋肉が未熟であったり、姿勢が悪かったり、また、過度な練習で故障することがあるので、正しい手順、姿勢、練習量を意識し、指導していくことが重要です。

 怪我に対しても同様で、稽古中はふざけていれば怪我をしやすくなり、休憩中なども危ない行動をとらないよう、注意していく必要があります。

 また、注意しても聞かないようでは意味がないので、怪我・故障を防止する意味でも常日頃から厳しく指導する必要があります。

 

�B自分の知識、経験に固執せず、情報を入手し、他者の意見に耳を傾ける

 とかく経験者で、指導をする立場になると自分の方針を押し付けてしまいがちになりそうですが、人は一人一人得手不得手があるので、自分の失敗例、成功例に固執せず、それぞれに合った指導をしていく必要があります。

 また、若いころに当たり前にやっていたトレーニング(筋トレや、稽古中水を飲まない等)が実は体を壊す要因となっていたということは容易にあります、過去の常識は未来の非常識である可能性が多々あることを自覚しなくては、かえって体を壊す危険性をはらみます。

 先達からの意見を傾聴するのはもちろんなのですが、生徒やご父兄の意見、時には他の会の方々であったり、空手に限らず他のスポーツの方の意見であったり、それらを聞く姿勢がまずは大事だと考えます。

 しかしながら、全ての意見を聞いていては、指導方法・方針がぶれてしまい、かえって何も身につかなくなってしまうので、意見を聞き、それを自分の中で熟考し、支部の指導方法・方針の改善につなげていく必要があると考察します。

筒井裕子

1.特に子供を指導する上で、どういった所を念頭において行ったら良いかを述べよ。

翔空会では、年齢も、性別も違う子達が一緒に稽古をします。その点を含めて。

(1)怪我に気を付ける

子供は大人より華奢です。特に異学年の組手の時などは、配慮する。下の学年、体の小さい子を守る為のルールをその都度課す。

異学年でやることのメリットもあります。自分より体の大きな子と組むことに慣れ、空手の醍醐味の、「小さい力で効率よく受ける」ことが学べます。

 

(2)個々の運動能力、理解力、目標、メンタルの違いを考慮した指導をする。

 *運動能力 — こちらは、繰り返し練習すること、又は、関連する動作を含めたトレーニングをして向上します。その動作が出来た子には、一段上の動作を練習させて、飽きさせない。

 *理解力 — 空手の用語や、体の部位をわかりやすく教えながら、動作をやって見せ、相手にやってもらい、を繰り返す。頭で理解していても、体が動かないときは、一動作をいくつかに分解するなどしてみる。理解できないときは、かみ砕いた言い方をしたり、例えを出したりしてみる。

   それでも、その度に、「分かるように教える」という事の難しさを実感します。なので、自分が教わる時や、合同稽古などで、師範や他の先生の指導の仕方を学ばせて頂いています。

 *目標 — 目標は?と聞くと、「黒帯になること。」という子が多いですが、これは長期の目標です。毎回稽古の度に、目標、目当てを決めることが大事だと思います。(短期の目標) 例えば、「今日はいつもより気合の声を大きくする」と、自分で目標を立て、実行できれば、稽古が終わった時に達成感が持てます。それは、言われてやった事よりも、ずっと価値のあることです。中期的には、審査や試合が目標になりますが、それらに出席できない子に関しては、私の課題でもあります。

*メンタル — 大抵の小さい子供は、自分に出来ないことは無い、もしくはきっとできるようになる。と、うらやましいくらい、メンタルが強い気がします。それなら、その気持ちを折ることなく、チャレンジし続けられるように指導したいと思います。大きくなるにつれ、周りの影響で弱くなっていきますが、出来た事を積み重ねて、自信につなげてあげ、目標達成のサポートをしていきたいです。

 

スポーツの良いところ、特に武道においては、「相手に勝つため」より、「己に勝つ」

ためのチャレンジができることだと思います。例えば、全力で10回練習すれば、習得できたかもしれない事を、内3回は、手を抜いて練習した。7回分の成果が出ればいいが、3回分の無駄な動きの癖がついてしまったりもする。私自身、全力で10回出来ない事の方が多いです。入会した頃もそうですが、今でも、新しいことを覚えるときは、丁寧に何度もお手本をしていただき、応援もいただいています。癖がついたところも、再度細かく指導していただいています。私も、そのように、子供たちを指導、応援していきたいです。

 

2.空手に必要な筋肉を作るための基礎トレーニングの方法について述べよ。

必要な筋肉は沢山あるのでしょうが、私が思う、重要な二つの部位について書きます。どちらも、怪我につながらないように自重でのトレーニングです。

 

(1)ももの筋肉 — 空手は、一見、手の動きに目が行きがちですが、土台がしっかりし

てこそ、安定した、力強く素早い突きを出せます。突く拳を支えるのが腕、その腕を支える

のが胴、胴を支えるのが、腰、そして足です。例えば、前屈での逆突き。床に踏ん張ってい

るその力が、拳まで届くには、浅い前屈より深い前屈の方が十分届きます。深い前屈を維持

するのは、ももの筋肉にかかっています 

トレーニング方法としては、スクワットや、カニ歩きなどが、飽きずに皆で出来るので、稽古には適しています。スクワットは、ももの筋肉を作るため、そして、膝の負担にならないように椅子に座るような姿勢で行います。反動で上げ下げをしないように、気持ちゆっくりやるといいでしょう。幅を広げて行うと、内ももの筋肉が鍛えられ、回し蹴りや、素早い移動に効果的です。

本当は、特別なトレーニングをしなくても、日々の稽古での前屈立ち、後屈立ち、騎馬立ちなど、形よく立つことで、十分ももの筋トレになります。ただ、上半身に意識がいきやすく、立ち方が甘くなりやすいので、やはり前記のトレーニングは必須でしょう。

 

(2)体幹の筋肉 — 広範囲なので、様々な筋肉があります。 

すべての動作の姿勢を保つ、足からの力を拳に伝える(力強い突きの時に、しっかり止める、引手をひくなど)、背中や腹、胸の筋肉が大事です。

トレーニング方法としては、腹筋、背筋、腕立て伏せが分かり易くて最適です。どれも、バリエーションをかえて行うと良いでしょう。

個人差があるので、同じことが出来ないようなら、難度を落として同じ回数を行うのが良いでしょう。例えば、腹筋。体が起き上がれなければ、頭と肩を起こしてお腹を見るだけでも、腹筋に力が入ります。反動で起き上がるようなら、そのようにした方が、望むところに筋力がつきます。他にも、仰向けで、足を床から10センチほど上げて静止、などもあります。腕立て伏せも同じです。出来ずにお腹が床についてしまうなら、静止でも、膝をついてもいいので、体が板のようにまっすぐになることを意識します。手を置く幅を変える、腕の曲げ方を変える、ゆっくりやると、違う場所が鍛えられます。

 

  *どちらも成果を出すために、

・10回程度を、休憩を挟んで数回繰り返す。

・力を入れている部位を、本人が確認しながら行う。

 

3.支部長としての心得を述べよ

*1で述べたように、安全に気を付ける。

*支部内はもちろん、会全体の輪を大切にし、会員が安心して稽古できる環境をつくる。

*保護者の方と連携して、子供達を伸ばしていく。

*日々指導方法を振り返り、学び、技術向上の為の努力をする。

 

そしてなにより、何に対しても感謝を忘れず、自身が空手を楽しみ、会員さんに、空手の楽しさ、良さを伝えることです。

 

以上です。

梅村佳津良

1.あなたにとって空手道とは何か。

 

私にとって空手とは、自分というものを形づくった中心となるものであると思う。物心がつく前から稽古場に父と一緒に行き空手を習い始めていたので、空手を習っていることが当たり前となっていた。幼少の時期から空手をやっていたことによって、自然と礼儀等が学べていたと思う。また、体を動かすことが日常になり、体づくりにもなった。同じ目標を持っている仲間と稽古をすることで、切磋琢磨するということも経験できた。

物事を継続して行うこと、努力すること、そして、努力したことは無駄にはならない、と

いうことも身に付いた。

空手をすることによって身に付いたことが、普段の日常生活や自分の考えのもとになっているので、今までの自分を形づくってきた中心となるものだと思うし、これからの自分を形成するものでもあると思う。

また、私にとって空手とは、肉体的にも精神的にも成長させてくれるものだと思う。肉体的に成長させてくれることはもちろん、辛い稽古を乗り越えることや試合等で精神的にも成長していると思う。また、精神的に強くなることにより、自信にもつながっていると思う。

 

 

2.空手道を修行するきっかけと、今まで修行してきて得られたものは何か。

 

空手道を修行するきっかけは、物心がつく前から、父と一緒に稽古場に稽古をしに行っていたからである。試合に出るようになってからは、試合に勝つことが嬉しく、勝つために強くなりたくて一生懸命稽古をした。

修行をしてきて得られたものは、まず、礼儀である。空手は、礼に始まり礼に終わる。空

手をやっていて、自然と身についていたので、やっていて良かったと思う。

また、暑い中や寒い中の稽古、厳しかったり痛かったりする稽古も多々あったが、それら

を我慢して稽古することにより、忍耐強さも得られたと思う。すぐに諦めずに、もう少し頑張り、やり抜く力もついた。

試合では、勝った時の達成感、負けた時の悔しさを味わった。負けた後、次は同じ相手に

は絶対負けないと努力することを学んだ。

空手では、学校の授業では教えてもらえない、学べないことをたくさん得られたと思って

いる。最近の学校では、勝敗をつけなかったり、厳しく指導しなかったり、なんでも「個性だからそれはそれでいい」というような風潮があるが、私はその考え方には同意しない。  

自分が空手の修行で得たものを娘達にも得てほしいと思い、空手を習わせ始めた。まだま

だ娘達の身にはついていないが、稽古を重ねていくうちに身についていくことを願っている。

3.「守・破・離」について述べよ。

 

守破離とは、日本での茶道、武道、芸術等における師弟関係のあり方の一つであり、それらの文化が発展、進化してきた創造的な過程のベースとなっている思想でもある。

 

「守」は、師の教え、型、技を忠実に守り、確実に身につける段階。

「破」は、その型を自分と照らし合わせて研究し、既存の型を破り、良いものを取り入れて心技を発展させる段階。

「離」は、一つの流派から離れ、独自の新しいものを生み出し確立させる段階。

 

この考え方は、茶道、武道、芸術等だけではなく、スポーツ、仕事、勉強等ほぼ世の中の全ての技術の習得において当てはめることができる。

杉山翔恒

1.指導者としての心得と効果的な指導法について述べよ。

(1)子どもの安全

子どもの安全を考慮し、子どもの可能性・チャレンジ精神を広げるように指導する。

多少の怪我は仕方ないが、大怪我をしないように監督しなければならない。

 

(2)モチベーションの維持

褒める・またはモチベーションを高める言葉をかける。例えば「君なら出来ると思うから言うけど、○○〜」など

時には厳しい言動もする必要はあるが、それによって向上心・負けん気が芽生えるような一言を入れる。

 

(3)礼儀・言葉遣いなどには厳しくする。

 

2.心・技・体の一致とは何か。

心とは精神、技とは技術、体とは体力のことである。これらの一致が空手をはじめ、すべての武道・スポーツに必要である。

心が欠けていると、勝ちたい気持ち・向上心などがない状態になり、勝てる試合も勝てなくなってしまう。試合や稽古で集中力がないのも心がかけている状態と言える。心を鍛えることが空手道をやる上で(武道をやる上で)極めて大事と言える。

技が欠けていると、どれだけ心が優れていても相手を倒すことが出来ない。技は日々の稽古で磨いていくものである。

体が欠けていると、いかに技が優れていたとしても、技を極めることができない。

 

心技体がすべてないと、武道で勝つことはできないのである。

 

3.空手道修行の目的について記せ。

自分が空手をする目的として、少し前の目的はより強くなるためであったが、今はそれ

以外にも、以前より運動することが無くなったので心身の健康の維持という目的もある。

金野 健

1.指導者としての心得と効果的な指導法

(1)責任

指導者として約20年が経ち、今までに多くの生徒と出会う事が出来た。ただ私の指導法は「これで大丈夫なのか」と疑問を持ったり考えさせられたりすることが多くあります。

その理由の一つとして、未だ町屋尾久支部から8人しか有段者を排出できていないことや、また茶帯クラスになってからの退会者が多く、指導法が悪いのか時期的なものが重なってしまったのか原因は不透明であります。「もう少しで初段がとれる」「あと少しで黒帯になれる」という期待を持っていただけに、その都度自分の指導法への疑問が高まり何が原因かを自問自答して、指導法の未熟さがあるのではないかと深く考えさせられます。

指導者として大切なのは、「指さし導くこと、教え導くこと」だと考えます。生徒一人一人がそれぞれの個性を持っているからこそ、全員に同じ指導法ではなく、一個人を尊重して接し、導く必要があります。

また逆に、指導していく中で生徒から教えられたり考えさせられたりすることも多く、

自分自身が指導者として成長していかなければならない事も自覚させられます。子供を指導するにあたって自分の感情に左右されて叱ったり怒鳴ったりすると、その子供の人格形成に影響することもあり、空手の素晴らしさや楽しさを教えることよりも、空手の難しさや恐怖感が子供の心に第一に残ってしまうこともあると思います。

生徒にとっての空手道がどんなものとなるかは、指導者に委ねられているといっても過言ではないでしょうか。そのことを踏まえ、指導者には「責任」が求められるのだと思います。

 

(2)山本五十六の名言

「やって見せて、言って聞かせて、やらせてみ見て、褒めてやらねば、人は動かず」

初めてこの名言を見た時は、私の心に響きました。

このことば通りに指導していくことで生徒が伸びていき、目標を達成できるのではないかと感じました。

昔の指導法は、師範や先生、先輩方を見て、形や組手技術等を自ら覚えましたが、今は各個人と向き合い褒めながら伸ばしていくのが現代の指導法の一つだと考えます。

しかし指導法も人それぞれ様々で一概に答えはありません。生徒に対し「何度言ったら出来るんだ」と言うことは、今の自分の指導では「何度言っても出来ないんだ」ということに気づき、自覚しなければならないと思っています。

また大切なのは「言ったこと」ではなく「伝わったこと」だと言うことです。常に山本五十六の名言を心に刻み、一人一人個人と向き合っていく事が効果的な指導法であると感じました。

 

2.私にとっての空手道

(1)一つの財産

杉山師範と出会い空手を始め約25年の月日が流れ現在に至ります。当初、杉山師範より「細く長く続けて下さい」と頂いた言葉は今でも忘れません。そして25年続けてきた空手道は自分の身体にしみつき、一つの財産と言っても過言ではありません。

財産とは人によって様々ですが、私にとっての財産とは、物事を何年もかけて習得し心豊かに空手道を続けている事です。この財産の中には空手道の技術だけではなく、人との出会いや繋がり、思い出等、文章や言葉では表せない程の価値があります。

今では翔空会会長を務めさせて頂き、日々空手道稽古に精進し続ける事によって「身体鍛錬」「精神修養」にもつながり、生涯を通して身体共に健康で且つ元気に過ごしていくことを今後の目標の一つとしております。

 

(2)二刀流及び三刀流

趣味を持つことは人それぞれではありますが、世の中の大抵の男性は仕事をして趣味等を持って日常を過ごしている人が多いと思います。

私は週に23回は空手の稽古や予定があり飲む事も多く、また空手に費やしている時間ははかり知れません。私は空手道を続けていくには、逆にキチンと仕事もして更に家庭もうまく熟していかなければならないと考えています。ましては朝が早い仕事なので、家にいる時間も少なくなっているという事を自覚し「二刀流及び三刀流」を考えました。

「空手をやっているから何かが疎かになる」と言われるのが嫌な性分で、「空手をやっていても全てをそつなく熟している」事を目指す事にしました。もともと朝は弱くはありませんが、どんなに飲んで遅く帰ろうが、寝坊をして仕事を休むなどしないことや、常に家庭では家事に取り組むようにして、家庭に負荷を掛けないように努力しています。

空手・仕事・家庭と全ての面で努力して、二刀流及び三刀流でも熟していきたいと思っています。また空手道を行う事によってストレス発散やリフレッシュにもなり、今では生活の中で空手道を行うことが仕事も家庭をこなす潤滑油になっています。

私にとって空手道とは「自分を高めさせてくれるもの」であり、精神的にも身体的にも強くなれたと実感しています。

 

3.空手道の稽古を長続きさせる秘訣

(1)一緒に行うこと

いろんな環境の中の様々な人が空手を習いに来ています。仕事を持っていたり学校へ通っていたり、また子育てをしていたりと人それぞれに生活があり、また空手に目標を持って稽古に来て、やる気を継続させていくのは、私にとっても生徒にとっても重要な課題となっています。

秘訣とは「人に知られていない最も効果的な方法、またはとっておきの手段」といいますが、「一緒に汗を流して稽古を行う」のが、長続きできる一つの秘訣だと考えます。空手道を教えるといっても、色々な種目・様々なやり方があり多種多様です。

例えば筋トレにおいても、体力に個人差のある幼児と小学生では、筋トレの回数に差をつけて、少ない回数でより身近な目標で達成感を芽生えさせたり、また高学年の子供では時間のしばりをなくし必ずやり遂げる自信を持たせる事などと、一緒に行いながら個々に合わせた目標設定をするよう工夫しています。

そして私自らも筋トレを一緒に行うことにより、声を掛け合い励まし合い「ツライのは自分だけじゃなく、みんなも同じだから頑張ろう」と一体感を持って努力させることで、仲間意識が芽生えていくようにしています。

空手はチームプレーではなく個人プレーなので、ツラかったり面倒くさかったりすると、やる気の維持も目標すらボヤけてきてしまいます。だからこそ仲間意識を強く持ち、

一緒に汗を流して頑張る事と励ましあう事が秘訣と感じます。

 

(2)褒めて育てる

昭和の指導方法では「三つ叱って一つ褒める」というのが主流でしたが、現代では時流や考え方も変化して「三つ褒めて一つ叱る」のが指導方法と言われています。はたしてこの指導方法が最適かどうかは疑問が残りますが、せっかく空手道に出会い空林会を選んでくれたからには、続けて欲しいという気持ちがあります。

私は稽古の最後に「空手を通して感謝の気持ち」と「今日も頑張ったと褒める気持ち」で生徒と握手をしています。また必ず生徒一人一人に声を掛け、生徒のモチベーション向上にも繋がるよう心がけています。それが長続きする秘訣とは分かりませんが、空手は素晴らしいものであり、そして稽古は、時は厳しく、時には楽しくと、しかし本当に「楽しい」ものは「楽」ではなく、「楽」なものは「楽しくない」事を、生徒へ指導し長続きさせていきたいと思っています。

全ては「自分と生徒のために」という事をいつも心掛けております。

2016年12月10日 合格
増子慎一

1. 『空手の起源』

  空手は琉球王国(今の沖縄県)で生まれてきたとされ、起源は沖縄固有の拳法手

  「ティー」と言われている。

  そして、その手に中国武術や示現流等の日本武術の要素が加わり今の形になった。

  だが、古来の空手には様々な種類があり、例をあげると「取手」や「掛手」等の

  関節技や投げ技、掛け掴み技を含んだものや、「棒術」・「釵術」・「ヌンチャク術」

  等の武器を使った武術も空手道の修行に含まれていた。

  現在では空手道とは別の武術として扱われている。

  次にいつ日本全土に空手が広まったかについては、1916年~1917年頃だと言われ

  ています。

  その後、徐々に空手人口は増えて、今では世界に6000万人、日本国内でも100万人

  を超えていると言われています。

  そして2020年に行われる東京オリンピックでは、空手道が正式種目として加わり

  ました。

  この事により、世界中に空手道がより一層広まる事を期待しています。

 

2. 『空手を始めたきっかけ』

  母が「面白そう」だと勧めてきたのが空手の始まりです。

  多分他の人も同じだと思うけれども、空手を始めた当初はただ楽しいからやっている

  だけだったと思います。 しかし段々と帯が上がるにつれ空手が上手くなる楽しさに気付き始め、自分自身が上手くなっているのを感じられるようになってきました。

  そして自分が上達している事が分かるようになると、更に向上心が高まります。

  今まで空手をやってきて、得られた1番大きいものは「継続する事は、どのような

  努力にも勝る」と言う事を学べた事だと確信しています。

  それが一番顕著に表れているのが、自分と同じ時期に空手を始めた人がもう誰も

いないと言う事です。

そのやめていってしまった人達は、自分より運動が出来る人ばかりでしたが、最終的

に黒帯まで辿り着けたのは自分だけでした。 

空手を行う目的で1番根本的な事は、心身共に「強くなる」と言う事だと思います。

何故「強く」なろうとするのかは、いざと言う時に大切なものを守りたいからである。

自分にとって大切な人を守ると言う事が空手を行う理由の一つで、今では空手を勧めてくれた母に感謝しております。

 

3. 『有段者としての心得』

  初段を取得し、更に弐段・参段と常に上を目指す向上心を忘れない事だと思います。

  これからも上達するように空手稽古に励み取り組んでいく所存です。


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2014年04月24日 合格
茂木優佳

 

1.『先の先』『後の先』

相手に先の攻撃をさせるよう誘って、相手が攻撃してきた瞬間をねらう攻撃。攻撃する瞬間は防御しにくい為、隙が出来やすい。自分が攻撃すると見せかけてフェイントを使うが、フェイントと見破られると、相手は誘いに乗ってこないことが多い。

『後の先』

相手の攻撃を受けてから攻撃に転じるのは後手、相手の意識を先に読んで相手の攻撃を利用するのが後の先の攻撃となる。相手が攻撃に入る直前の兆候を見極めることがポイントといわれている。

 

2.『指導者としての心得と効果的な指導法』

格個々人としてそれぞれの長所や向上した点を認めてあげたり、年齢の大きな格差は表現力や理解力から意識疎通を欠くことがあります。相手が理解していないということは、教えていないことと同じである。分かるまで丁寧に教えることが大切だと私は思います。

 

3.『有段者としての心得』

私は念願の黒帯になりました。これまでの道のりは大変でしたけれども、とてもいい経験になったと思います。私が初段を取得できたのも、師範や先生や先輩方の優しく、時には厳しくご指導を頂き、楽しく空手を続けることが出来たからだと思っています。私が沢山教えてもらった事をこれから空手を始める人達に伝えていきたいと思っています。型の三要素である『力の強弱』『体の伸縮』『技の緩急』を、念頭におき忍耐や精神力も共に身につけ、模範となるよう心掛け稽古に励みたいと思っています。

 


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渡部洋希

 

1.目付け

目付けとは、常に姿勢を正しく保ち、部分的な事にとらわれず全体を見極め、物事は肉眼で見るのではなく心眼にて捉える。

基本は相手の目を見るが、向かい合った相手のどこにも視線を固着させず、しかも全体の動きが分かるような目付けをする事です。

 

2.組手における間合い

組手における間合いとは、自分と相手との距離、空間をいいます。 この空間をどのように処理するかが勝敗の分かれ道です。

相互の技量・体格・気力・構え・癖等、様々な要素が組み合った一つの間が生まれます。

自分に有利な間合いを取る為には、まず自分の間合いを知る事です。 この間合いなら相手に攻撃でき、この間合いなら相手の攻撃もかわす事ができる。 相手との間合いについては、日頃の練習で身体へ身に付かせておく事が大切です。

 

3.空手修行の目的 

兄弟で空手を始め、時間が経つにつれ空手修行が楽しくなり、大会で優勝したいという気持ちが芽生え空手を続けていきます。

 


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2013年08月24日 合格
小林則子

[小林則子:初段合格2013.8.24]

 

1.空手道修行の目的

(1)加齢に伴う筋力低下を防いで、生活の質を維持する

 50代になって、日常生活の中での運動量が少なくなっているという自覚があり、そして筋力が落ちたという自覚とともに、体重が少し増加した。それで、身体機能を維持するために、日常生活のサイクルに組み入れられる「運動」をすることを考えた。

 もともと体力はなく、丈夫でもない。骨も細く、筋肉といえば、力こぶをつくってもマシュマロ並みにすぎない。体力テストでは、標準値に届く項目は何もない。徒競走の順位は「問われたくない」という状態で、日常生活の中でどのような筋力低下防止の方法をとれるだろうか?

 しかし筋力をつけるだけのジムなどの運動は、選択からはずした。筋肉のために同じ動作を繰り返すことは、全く魅力ではない、と感じていたので! 

 何か具体的な目標をもって、日常生活の中で継続できる筋力維持の方法を探したいと思った。

 

(2)新しいことを経験したい

 好奇心を刺激するのは、人を活性化する重要な要素である。だからこの際新しいことを始めることで、筋力低下を防止すると同時に、心身ともに刺激を受けるものを捜したいと思った。

 継続するには、これまでの生活の範囲を大きく変えないこと、場所が近いこと、時間的に可能なこと、費用の負担のこと、内容が心身に大きな負荷をかけるものでないこと、などを考慮する必要があった。

 「身体を動かす」と同時に、新しい「知識」を得て、好奇心も充たすことを可能にしたい。このように考えているうちに、もし、何か身を守ることにつながる新しいことを始められたら、さらによいであろうし、行動目標もはっきりすることになる。

 高齢の女性は犯罪のターゲットにされ易いこともあるので、そのような際に身を守る反応が即座にとれるようなったら、いい。

 少し広げて犯罪被害というくくりで考えても、被害者は圧倒的に女性が多い。だから実際に遭遇したときには、少なくとも驚きで心身ともにフリーズしないように、咄嗟に大声がでる、周囲に助けを求める、逃げる、何か逃げるための時間かせぎができる、などの行動を即座に積極的にとれるようになること、そして自然に身体が反応できるようになればと思う。

 これらのことができるようになる「何か」の方向を模索して出会ったのが、「空手」だった。

 

2.空手道を修行するきっかけは何か。

(1)「空林会」のポスターを目にしたこと

 駅に向かう通りに「空林会」の小さなポスターを目にしたことが、「空手」を習う直接のきっかけになった。「見学自由」と記されていたので、どのようなことをするのか、さっそく近くの小学校の体育館に行き見学をして、「お試し参加」をした。

 いわゆるマッチョな格闘技の練習ではなく、子供たちに合理的に、しかも適度に厳しく、誠意をもって全身で指導している様子を見て、こういう考え方で指導しているのなら私にも続けられるかもしれない、と感じた。小中学生とともに、ひと月ほど身体を動かしてみて、「続けてみよう」と決めることになった。

 

(2)合理的で無理のない指導方法

 私の育った東京の下町には、柔道の町道場が普通にあった。近所の子供も大人も大勢、夕方になると練習に集まってきた。そのような柔道場では、いわゆる「骨接ぎ」の治療も行なっていたので、子供の私も捻挫や突き指などの治療に通い、柔道の練習も日常的に近所の人々とともに道場の外から覗いていた。

 相撲も女性も含めた大人たちに人気があっただけでなく、子供たちの遊びとしても盛んだった。剣道も地域社会のクラブとして活発で、チャンバラ映画もたくさん上映されていた。だから、チャンスがあれば、誰でもこういった「武道」を習うことは、ごく自然な事と感じていた。

 広い意味での伝統的な武道は特別なものではなく、生活文化のひとつとして定着していたといえる。もちろん、これらにはスポーツとしての側面も大きい。だから大学運動部や一部の競技団体にありがちな、上下関係だけで無用の服従を強いて、身体ばかりでなく人格まで支配しようとする手法は、本来のスポーツ(武道も含めて)とは無縁の、異端な存在に見えていた。

 そのようなことから小学校の体育館で行なわれていた、空林会の空手の練習と指導を見たとき、50代の私にも安心して関われると感じた。瞬発力や、筋力、敏捷性などは、とてもないけれど、それなりの方法で持続できるだろうと思った。指導の先生もそれを受け入れる許容範囲の広いものだったことも、幸運であったと思う。

 もう一歩踏み込んで考えると、「空手」に反応した私の心の底には空手の生まれ故郷である、遥かな「琉球」に対する憧れもあったと思う。

3.今まで修行してきて得られたものは何か。

(1)習い始めて、身体が変わったこと

 自分のできる範囲でできる方法で少しづつ続け、特別に身体の負担になるハードなことはしなかったのだが、フィジカルな変化に気が付いた。さらに、自分の体質が大きく変化したことに、驚きがあった。

 夏でもあまり汗をかかなかった体質が変わり、汗が流れるようになり、体重は変わらないのに、ウエストや腹囲のサイズが下がったこと。夏でも、使いずてのカイロが手放せなかったのが、不要になったこと。そして、若いころから、一年に一度ほどの頻度で転ぶことがあったのが、ほぼゼロになったこと。

 人間の身体が、全体として有機的につながっていることを、深く実感する発見だった。

 

(2)身体の動き、動かし方の発見

 空手の一つ一つの動きが、人間工学的に合理的なものであることを、実感できるようになったことは、私にとっては「大きな発見」であった。その背後にある、先人たちの永くて深い歴史の積み重ねを感じられて、うれしい気持ちになった。

 自分の身体の動きは、自分の思うように動いているもの、あるいは動くもの、と無自覚のうちに思い込んでいたが、空手を始めて私にとっては、そのことが大きな間違いだという発見をした。自分の考えるように、あるいは、イメージするようには、自分の身体は動いていない、ということである。

 例えば、腕を床(地面)と平行に伸ばしたつもりでいても、実際には、腕はそのようにはなっていない、ということ。頭をまっすぐにしたつもりでも、現実には、どちらかに傾いている事実。静止の状態から動き出すときには、どうしたらよいか(効率的か)という、まるで歩き初めの子供のような問題、等々。ごく普通の動作を自分の思うようにはなかなかできない、ということを改めて確認することになった。

 空手の動き(難易度の高い技や動きは別にして)は、基本的に合理的にできているので、本来は楽に気持ち良く動けるはずと思うのだが、実際は何かが邪魔をしてでもいるかのように、ギクシャクしてしまう。

 一緒に練習している子供たちや自分の動きを見ていて、子供の時代に大声を出してぶつかり合ったり、転がりあったり、倒れあったりして動き回ることの重要性を再認識した。

 身に危険が迫ったときに、とっさに大声を出して身体を動かす、という動物としての人間の反射は、大人になってから身につけようとしてもなかなかできにくく、時間のかかるものであると思った。

(3)ストレス解消とリフレッシュ

 日常の繰り返しの流れを離れて、身体を動かすことに集中する時間をもつことで、心身がリフレッシュすることを実感できた。仕事などで疲れているときでも、切り替えて「空手」の練習に意識を集中することで、不思議に疲労が消えて、気持ちがリフレッシュされる。

 現代の都市生活では、特にストレスは自身が意識していなくても蓄積されてしまう。だから、空手のようにその活動内容が、日常と離れていればいる程、そして集中力を要求されるもの程、ストレス解消の効果は大きい。

 

4.有段者としての心得を述べよ。

 空手を習い始めたときの目標は、「黒帯」になれるレベルまでやってみたいということだった。

 私は、特に運動能力が高いわけでもなく五十代になって始めたのだから、有利な条件は何もない。しかし興味をもってひとつづつクリアしていけば、可能性はゼロではない、と思っていた。先生方が、それぞれの多忙な仕事をもちながら、熱心に惜しみなくご指導下さったお陰であると深く感じている。

 

(1)教えてもらう、ということ。

 振り返ると、習い始めのころが一番、難しい時期であったと感じる。全く何も分からず、全体像が分からないまま自然体で立つということから、基本のすべてが新しい困難の連続だった。それは同時に私にとっては、楽しいことの連続でもあった。

 その時期を考えてみると、習う側よりむしろ教える側の方が大変で、忍耐が要ることであると思う。指導の実態は、まさにボランティア活動である。誠実に関わって、惜しみなく教えてくれる先生方。ともに練習をする人たち(もちろん子供たちも含めて)からも、教えられることばかりだった。そういう「教えられる」という有難さを、いつも忘れずにいられるだろうか?

 

(2)黒帯の重さと基本

 黒帯の人たちに、自分が礼をする(挨拶をする)のは、自然なことと思っていた。

しかしいざ、自分に向かって子供たちから挨拶をされた時、恥ずかしさが勝るものだった。挨拶を受けて相手に応えられるだけの内容を、空手に関してもっているか、と問われているようで、私の答えは「ノー」だからである。

 それは、「黒帯」というものが社会的にもっている意味に対しての「礼」であることを、強く実感する。つまり、裏返せば、「黒帯」そのものに付随する社会的責任、ということになるのだろうか?

 「黒帯」になじめるようになれるのかどうか、と自問している。改めて習い始めたときの基本に心を向け、すべてが新しい困難であった時のことを確認していけるだろうか?新しいことを知ること、体験することの楽しさを核にして、身体の動きの流れにまかせて楽に(自然に)動作ができるようになれるだろうか?そして、そういう楽しさを、体現できるだろうか、と思う。

 

5.あなたにとって『空手道』とは何か。

(1)歴史に裏打ちされた南島の文化・空手 

 私の空手への興味は、武道・スポーツとしてより、むしろ、それを育んだ風土と人々への関心から生まれたものである。それは遥かな琉球への憧れ、と言ったほうがいいのかもしれない。サンゴ礁とガジュマルの樹、赤いデイゴの花の咲く、美しい琉球の自然。そして、歴史の時間に学んだ、別の国「琉球」の姿が印象深いものであった。

 近世に琉球を訪れてその記録を残している外国の航海・訪問記の中に、「空手」が隠れたテーマとしてあったことを知ってさらに興味をひかれた。それは、ヨーロッパに琉球の情報をひろめたバシル・ホール(英国人・海軍将校で旅行作家)の航海記(19世紀初期)の中にあったものである。

 東洋から英国への帰途、南大西洋の孤島・セントヘレナ島に幽閉されていたナポレオンに、まったく武器をもたない(事実は、そのころ琉球を支配していた薩摩によって武装を禁じられていた)琉球のことを話したことが記されている。一生を戦闘に過ごしたナポレオンにとっては、「平和な島」の存在は衝撃的で信じがたく、大変に驚いたことが記録されている。後に日本の開国を求める航海の途中に琉球を訪れたペリー提督も、この資料には目を通したと伝えられているが、彼らは人々が護身のために身につけていた「空手」(当時はどのように呼ばれていたのか)のことは知らなかった。ペリー艦隊の船員が上陸して市民に狼藉を働いたときに、この隠れた「空手」で反撃されたことが艦隊の航海記録にある。(『ペリー提督--海洋人の肖像』小島敦夫著・講談社新書)

 海の歴史とともに、「空手」が印象強く、私の意識に刻まれた。

 

(2)現代の空手の技と心が私たちに伝えるものは

 この後琉球は、薩摩の支配からヤマト(日本)の支配[「琉球処分」(1872~79年)として、琉球の王族を日本に強制移行]、米国の支配、と外部の支配を受け続けることになるが、私が初めて「琉球」を訪ねたのは「米国支配」の時であった。

 私は特別なパスポート(身分証明書)と、当時の沖縄の通貨であった米ドルをもって訪ねた。道路は米国本土と同じ右側通行。上陸第一歩の私の印象は「島全体が軍事基地」、というものだった。沖縄出身の詩人の言葉を借りれば、それはまさに「不沈母艦」沖縄(山之口漠の詩『不沈母艦沖縄』)という印象だった。

 1972年に返還ということになって現在に至っているけれど、実態は島の南北・東西を巨大な米軍基地によって引き裂かれ、水源の貯水ダムを囲む自然豊かな山原(やんばる)のみどりの森は、米軍の対ゲリラ戦の演習場のままである。サンゴ礁は埋め立てられようとしている。自分たちの住む風土を保全する権利はもたされていないように、私には見える。

 薩摩支配の時代に密かに広がった「空手の技と心」は、今の時代に琉球の人々の何を私たちに伝えているのだろうか?

 私は空手にふれるたびに、心優しく、しかし複雑な感情を深く秘めた島「沖縄」のことを想わずにはいられない。

 本当に、「琉球は遥か」であると想う。私にとっては、そういう想いに重なっている空手なのである。


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2013年02月28日 合格
杉原伊織

1. 空手道を修行するきっかけと、今まで修行してきて得られたものは何か?
父に空手を勧められ、小学1年生の時に千葉県で始めました。
小学2年生になって荒川区に引っ越してきた時も、空手を続けたいと思い空林会に入会しました。

【空手を続けてきて得られたものは?】

挨拶や礼儀はもちろんですが、『諦めない心』『強い心』です。初めは、型がなかなか覚えられなかったり、試合などで負けてばっかりで、悔しい思いも何度もしてきました。
しかし、僕には黒帯になるという目標があったのでここまで続けてこれたのだと思います。
それは現在、私生活においても活かされていると思います。

2.有段者としての心得を述べよ。
今までは、師範や先生方、先輩方に教えてもらい、覚えていくという方法で練習してきました。しかし黒帯を締めたら、その方法だけではいけないと思います。
これからは、後輩たちの手本となり、凄いと思われる先輩になりたいです。

3.空手道の流派について述べよ。
空手の流派には、四大流派というものがある。
◎剛柔流 創立 1929年
創立者 宮城長順
特徴
近い間合いで相手の 攻撃を捌いて反撃。
裏拳打ちや背刀打ち などの細かい手技や 投げ技が多い。

◎松濤館流 創立 1939年
創立者 船越義珍
特徴
遠距離から飛び込んでの攻撃やダイナミックな動きが特徴。
伸びやかで大きな体の使い方をする。
松濤館空手の攻撃のほとんどは、遠くからの渾身の一撃、 力強く、爆発的なもの。

テコンドーのベースになったと言われている。

◎糸東流 創立1934年
創立者 摩文仁賢和
特徴
] 単に突き蹴りだけでなく、投げ、逆技といった技術をも含む。
「守・破・離」忠実にそれを応用し、形という基本を守りながら、組手と結び付けていくことによって、分解組手などに修めることが出来るようになっている。

◎和道流 創立 1934年
創立者 大塚博紀
特徴四大流派の中で唯一の本土発祥流派。「流す」「乗る」などの考え方。
「流す」とは、相手にしかけられた技に対して決して逆らうことなく、力で受け止めず、相手の技を流した動作がすでに攻撃になっているのである。
「乗る」とは、相手の攻撃してきた突きに対して、同時に相手の突きに乗離れず突き攻撃する。
力で対決せず、体でさばき、相手の力を利用して攻撃するということ。

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筒井裕子

1、空手の起源
空手が、いつ,どこで起こり、どのようにして今日のように発展したかはっきり答える説はでていません。
なぜか?それは、もともと空手は、秘密のうちに練習され、技は先生が弟子にそっと教える。というものだったからだそうです。
そのため、一般の人にはほとんど知られず、『突けばたちまち石を割り、蹴れば牛をも殺し、飛べば天井も蹴破ることができる恐ろしい技がある』という噂として受け取られていたのです。

昔、仏教を広めるために、世界各国を行脚したお坊さん達が、異民族や宗教の違った国の人達から、迫害を受けたことはキリスト教の例をみてもよく分かります。これらの迫害や危険から、身を守る為色々な武術,特に,相手に警戒心を与えない、戦いの術を習っていたことは、当然のことでありましょう。また,寺院などを守るためにも必要だったのでしょう。
何と言っても、武器を持たず、自分の手や足による戦いの術が大変盛んだったようです。

そして、空手としての形式を整えたのは、中国の唐時代ではないかと考えられています。
百科事典のカラテの項にも、『小知録という古文書には空手は唐時代の末から宗、明時代に至りかなり発達していたことが想像できると記されている』と説明されています。
今ある空手の「形」の名前にも仏教的な数字がかなり用いられていることも、注目して良いことだと思います。

2.組み手の間合い
間合いとは、自分と相手の位置、間隔、方向などの関連で定まるものです。
簡単に言えば、「飛び込んで相手を倒すことができる」位置に迫った瞬間を言います。
したがって、自分から攻めやすくて,相手はまだ攻撃ができないような形勢になることが、勝負を決める上で、大切な意味を持ちます。
間合いの取り方は、相手が居てこそ分かるものなので、たくさんの人と稽古をすることが、間合いをうまくとれるようになる秘訣だとおもいます。

3.人間の急所
急所とは、攻撃をした場合に,相手にかなりの打撃をあたえる箇所のことです。
頭、こめかみ、眉間、鼻下と口、あご、首、のど、みぞおち、心臓、ひじ、脇腹、胃、臍下丹田、下腹部、膝上、すね、
など、体の中心線と顔に集まっています。
空手では、それらを効果的に攻撃することや、反対に、攻撃されないように受けることを稽古します。

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2011年11月26日 特別昇段審査合格
間瀬憲隆

1. 空手道の流派について
空手の起源は、諸説有るようですが、琉球舞踊の舞方から発展した武術・手(ティー)と中国武術の融合したものが今日の空手の源流「唐手」であったとみられています。
空手の名称の変遷は、15〜18世紀・手(ティー)、19世紀・手(沖縄手)と唐手(トーディー)、1901年(明治34年)・唐手(からて)、1929年(昭和4年)・空手道、1970年代・カラテ若しくはKARATEと変遷しております。
唐手は、伝承された地域や武術のスタイルから『首里手』、『那覇手』、『泊手』の3つに分類されます。

1.『首里手』は中国北派拳法の影響を強く受け伝承され、棒術と拳法の名人・松村宗棍を生み出し、後に船越義珍の(松涛館流)や、大塚博紀の(和道流)へと発展しております。
2.『那覇手』は中国南派拳法の影響を強く受け伝承され、宮城長順の(剛柔流)へと発展します。
3.『泊派』は他の二派に比べ、歴史的背景の曖昧な流派であるが、「チャタンヤラのクーシャンクー」などの型を残しています。

伝統空手の四大流派は、前述の松涛館流、和道流、剛柔流のほか、糸東流であるが、(糸東流)は、琉球唐手三系統を学んだ、摩文仁賢和が創始者で、琉球唐手すべての技術系を網羅した特長を持つ流派です。

2.空手道を修行するきっかけと、今まで修行して得られたものは何か?
もう44年も前のことになりますが、高校2年生くらいの頃だと思いますが、身体を鍛えたい、強くなりたいと思い、通販で空手の本を取り寄せ、自分流に練習をしたり、巻き藁を突いたりした頃がありました。
丁度その頃、隣のクラスのS君に、それなら高校に空手同好会を作ろうと誘われ、故郷の警察署の空手道場で稽古する事になりました。
空手同好会の会員は3名で、いずれ高校に空手部を設立するのが、我々3名の夢でした。
一月位経った頃から、先輩と称する20歳過ぎの男が道場に来るようになりました。S君は既に有段者で、素晴しく形のキレル奴でした。ある日例の先輩が、酔っ払って道場に来て、乱取りの稽古をすると言い出し、S君の金的に蹴りを入れて仕舞いました。
S君は、股を押さえたまま、冷や汗を流し転がり廻りました。この件が切っ掛けで我ら3人の、空手同好会は残念ながら消滅になりました。
時を経て、52歳位のとき、息子にも自身や他人を守れる強い身体と精神を鍛錬して欲しいと思い、人づてに聞いた空林会の原中の道場に連れて行きました。
付き添いで、子供達の稽古を見ている間。自分の身体が昔を思い出し、自然に反応してしまい、窓の外側で突きや、蹴りの動作をしてしまうように成りました。
ある日、これを見かねた長田部長が窓を開け、「間瀬さん中に入って見てくださいよ」と優しいお言葉を掛けていただきました。道場の中に入れていただいてから、約1年余り、体操等準備運動のみ参加で、子供の付き添いを続けたある日、金野先生より「空手始めてみませんか?」と入門を誘われました。空手で自分を鍛えたかったし、青春時代に置き忘れたものをなんとか取り返したかったし、二つ返事で入門させていただきました。
この時の金野先生のお言葉は「入門を許します、黒帯になるまで、必ず続けて下さい!」いうお言葉でした。この度、先生方の期待に添えた事、また自分の青春時代に置き忘れた夢を少し実現出来たこと、今とても嬉しく思うと共に、見捨てなかった空林会の関係者に心より御礼申し上げます。
空林会入門時は、50歳代に入り肉体的に非情な衰えを感じ、体力との戦いの日々でした。特に、持病の腰痛と気管支炎に悩まされ、ぎっくり腰や風邪を引くことで仕事にも大きな影響が度々ありましたが、空林会の稽古を始めて、半年位でぎっくり腰も風邪を引くことも無い体力を得ました。
また、真夏の暑い体育館での稽古や、真冬の冷たい床の体育館での稽古を続ける内に、熱波の東京の空の下や寒波の東京の空の下でも、何とか仕事をこなせる体力と忍耐力を得る事が出来たと思っております。
杉山師範の指導される空手道の下で、礼儀作法や相手を思いやる気持ちを学べた事も特筆させていただきます。

3.有段者としての心得
先人の吉田松陰の言葉に「学問をする眼目は、自己を磨き自己を確立することにある」という名言があります。
空林会で空手道を学んで来ました。そして初段という段位をいただきました。
今後は、自分の体力や身体の特徴に合った空手の形を中心に自己を磨いて行きたいと思います。
杉山師範の教えの空林会空手道から、「道」としての空手道も窮めるべく、道場訓等、改めて「空手道」の意味を学び、精神的にも有段者の域を窮め続けたいと思っております。

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小林正和

1.組手における間合い
間合いとは物と物との隔たりのことですが、空手における間合いを測る・詰める・取るというのは、攻め手においては突き、蹴り等が、受け手においては受け、かわし等が最もやりやすい位置取りをすることを意味します。
まずは、自分の打ちやすい距離や位置を知るため、また広げるたり、正しい動作を習得するために動かない目標に対して練習する必要もあります。しかし組手では相手も動き、攻撃をしてくるため、相手との間合いの取り方を意識する必要があります。
間合いの取り方として、次の3つの要素があると思います。
1.距離
2.角度
3.時間

1.の距離とは相手との距離のことですが、個々人により、身長、腕、脚、また飛び込む距離の長さ等が異なり、また、得意とする距離も違います。ですので、自分の得意とする距離に素早く移動する、また、相手の得意とする距離を避け、極力いないようにすることです。

2.の角度とは相手の向きと自分の向きの角度のことです、人の体は球体ではなく、体には正面と背後があり、利き手、利き足もあるため、攻撃する有効範囲も球体ではありません。その為、1.で述べたとおり単純に相手の方が攻撃が届く間合いが長いとしても、その向きによっては相手の攻撃が届かず、自分の攻撃が届く位置というものが存在します。
”彼より遠く、我より近く”という格言がありますが、角度を意識することが最もこの格言に即した間合いの取り方といえると思います。

3.の時間とは自分と相手の数秒後、場合によっては数分後であったり、0コンマ数秒後であったりしますが、未来の位置のことです。後の先、先の先といったように、相手が仕掛けたの後、こちらが仕掛けた後、また牽制、フェイントの仕掛け合い等で変化していく、
相手と自分との位置を考慮し、間合いをはかっていくことです。

組手においては相対的に有利な位置取りが重要になり、それため洞察力、経験則が必要となります。それらを養うために、意識的に人の組手を見、自ら対人の稽古をこなしていくが重要だと思います。


2.有段者としての心得
級は上に上がる毎に数字が少なくなっていきます。これは悪いところを減らしていくことと繋がります。一つ一つ悪い所を直していき、基本の形を作っていくことです。守・破・離の守の段階にあると思います。
段は上に上がる毎に数字が大きくなっていきます。技を練っていき、積み上げていくいくことと繋がります。身に付けた基本の上に自分にあった形を作っていく、守破離の破離の段階にあります。技術のみでなく空手道二十訓にあるような心構えをもち、また技術的には、さらなる創意工夫していくことが有段者としての心得であると思います。

3.空手道の起源
空手の起源には諸説あり、どの説も確たる根拠はないとされていますが、特に良く言われるのが舞方(メ—カタ)といわれる琉球舞踊が武術として「手(ティー)」になり、
唐手へと発展、さらに空手になったという説です。
これは首里手の大家「糸洲 安恒」や、その弟子であり松濤館流の創始者である「船越 義珍」が唱えている説でもあります。
また、上記のように存在した沖縄固有の武術に中国から渡ってきた武術が加味されたとされる説や、中国拳法そのものが起源とされる説などがあります。
さらにそれら「舞方」や「中国拳法」の起源をおっていくと、「舞方」等の琉球舞踊は中国皇帝の使者を歓待する際に宴を彩るために始まったともいいます。
また、中国拳法は河南省の「少林寺拳法」に、さらに「少林寺拳法」は南インドからやってきた「達磨(だるま)」が棒術を伝えたことから始まったといいます。
さらに起源をおっていくときりがありませんが、それら様々な要素を取り入れながら空手道は発展していきました。そしてこれからも発展していくことでしょう。

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1.型の3要素とは何か
型を習う目的とは何か
型の3要素とは、「体の伸縮」、「技の緩急」及び「力の強弱」の三つを指す。
「型の」とついているものの、型自体、実戦を想定した動作であるのだから、これら要素は、組手においても同様に体現されるべきである。
空手が武道である以上、型を習う目的は、演舞の見た目の良さを追求するためではなく、あくまでも実戦に生かすためである。型の稽古を通じて実戦的な技・筋力を得ることができるが、そのために、常に相手を想定して、一動作を丁寧に行うことが重要である。

2.目付けについて記せ
目付けは、相手と向き合ったときの視線のことをいい、戦略上大きな意味をもつ。例えば、相手の突きを待っているときには、相手の肩を見ていると、動きを読みやすいし、攻撃をする際には、あえて攻撃部位から視線を外すと、相手の注意を逸らすことができるなど、闘いを有利に進めることができる。逆に、目付けを意識せず、自信が無いために下ばかり向いていたり、攻撃部位ばかりに集中していると、相手に心や動きを読まれてしまい、不利な状況に陥ってしまう。

3.空手道修行の目的について記せ
私個人の、空手道を修行をする目的は次の三つである。
一つ目は、道場での稽古を通じて、相手を思い遣り、敬う気持ちを養うためである。自分の殻に閉じこもっていては気付きにくい、他者の有り難さを実感するために、道場に集合しての稽古は大切である。
二つ目は、日常の運動不足を予防・解消するためである。空手道の修行には道具を要せず、広い場所も必要としないため、日常生活を営む中で、少し時間ができたときに立ち基本やストレッチをするなど、自分の気持ち次第で、いつでも運動をすることができる。
三つ目は、自分や他者を暴漢から守る力を付けるためである。空手の試合では、相手を倒すことを目的とするが、私は、現実社会においては、例えば暴漢に襲われたとき、防御・回避して逃げる時間を作ることができれば十分であると考えている。しかし、それすら一般人に容易にできることではない。そのため、防御動作、動体視力及び基礎体力については、稽古を積んで特に強化していきたい。

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杉山翔恒

1.組手における間合いについて
まず、間合いとは相手との距離のことであり、間合いを制することが組手において最も重要なことであろう。自分の間合いとは、踏み込めば自分の攻撃を当てることができる距離であり、かつ一歩下がれば相手の攻撃をもらわない距離である。
では、この間合いというものは、どのように測ればよいのだろうか?
自分の攻撃が届く距離は、自分の腕や脚の長さ、また飛び込みの速さによって変わるので、鏡や壁など相手がいなくても、相手がいなくてもある程度は掴めるであろう。
しかし、相手の攻撃をもらわない距離というのは、ある程度経験が必要である。
経験があるからこそ、相手の間合いが掴める。
故に、相手の攻撃の範囲を読むためには、色んな人と稽古することがとても重要である。

2.指導者としての心得と効果的な指導法について
生徒を指導するにあたって大事なことは、一つ目に怪我をさせないということだと思う。
空手という武道の特性上、怪我をするのはしょうがないことかもしれないが、稽古の責任者である指導者がしっかり監督しなければならない。
二つ目に、褒める・叱るのバランスであると思う。褒めることは自信ややる気につながる。しかし、褒めるだけだと自信が過信に変わってしまい、時には怪我を招きかねない。
逆に叱ることには、生徒を反省させ、正しい方向にすることができるが、叱るだけだと、自信喪失や空手を嫌いになりかねない。
褒めと叱りのバランスを、生徒の性格や能力にあわせて変えていくことが、効果的な指導になるであろう。器用で元々自信に満ち溢れているような生徒には褒めが2、叱りが3〜4にし、逆に不器用で自信がない生徒には、自信を持たせるために褒め4、叱り2などというように、である。

3.稽古前の基礎トレについて
足は住居でいう土台であり、上半身をどれだけ鍛えても、それを支える足腰がなければ、力は正しく伝わらない。その足腰を鍛えるスクワットは必要だろう。
また、重い突きを出すためには背筋がとても大事なので、背筋を鍛えることも必要である。腹筋を鍛えることで、腹部のダメージを緩和することができ、突きの力を正しく伝えるためにも腹筋は必要である。
それに、突きや受けなどはある程度腕の力がなければならないので、腕立て伏せも必要である。
この、腹筋・背筋・腕立て伏せ・スクワットが稽古前の基礎トレにふさわしいと思う。

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安藤真行

1.「先の先」、「対の先」、「後の先」について述べよ。
武道に共通する命題、「先を取ること」とはいかなることでしょうか。
「先の先」、「対の先」、「後の先」の3つの先を勝機とすることを昔の武芸者は、とにもかくにも稽古に打ち込んで体得したのでしょう。従って理論は知らなくても、我が身でいくらでもやって見せることが出来たと思われます。
剣術では、小野派一刀流では攻防の秘訣「盤鐘之位」(盤鐘を打てば響くように、相手の動きに反応して技を出す)では、一瞬の後の先を取って勝つことをおしえています。又、北辰一刀流でもその極意とされる「星王剣之位」で同様な教えをしているように、「後の先」の重要性をとなえています。
「後の先」と言うと、受けからの反撃と思われていることも多く、確かにそれは間違いではありません。しかし、ここで言う後の先とは、相手の攻撃の出端を一瞬待って攻撃に転じることです。
つまり後の先とは、相手の攻撃の出端を捕えることで、攻撃が届く寸前にさえぎることにより、一瞬で攻撃へと転じ、打ち砕くのです。
そのためには、相手の動きを読み、視覚で相手の攻撃を捕らえてから攻撃に転じることになります。この際、技のスピ−ドはもちろん、頭で対処方法を考えていては間に合わないため、自然に体が反応できる必要があります
「対の先」は、相手の攻撃と同時に攻撃すること。すなわち、相手が仕掛けたと同時にそれに負けぬように動作を起こし、一瞬早く打ち砕くのです。
そのためには、相手の動きを読み、視覚と感覚で相手の攻撃に移る一瞬のおこり(呼び動作等)を捕らえ、相手が攻撃に移ったと同時に攻撃することになります。
この際、技のスピ−ド、自然に体が反応できることはもちろん、相手のおこりを見極める鋭敏な感覚を身につける必要があります。
「先の先」は、相手が攻撃する前に攻撃する事ですが、確かにそれは間違いではありません。しかし、ここで言う先の先とは、相手の攻撃に移るその一瞬に攻撃に行うことです。
すなわち相手の動きを読み、相手が仕掛けようとしたしたその一瞬を逃さず攻撃し打ち砕くことです。相手の動きを読み、心を読み、研ぎ澄まされた感覚をもって、相手の攻撃に移る一瞬のおこりを捕らえた瞬間に攻撃することになります。
この際、技のスピ−ド、自然に体が反応できることはもちろん、一瞬のおこりを見極める研ぎ澄まされた感覚を身につける必要があります。
このように、「後の先」、「対の先」、「先の先」を時間的観点で捉えてみると、その差は一瞬でしかありませんが、その技術においては大きな差があります。
空手を志す誰もがたどり着けるほど簡単なものではありませんが、自らを信じ、たゆまぬ修行のはてにたどり着ける境地といえよう。

2.「守・破・離」について述べよ。
千利休【茶道】の道歌の中で「規矩作法 守り尽くして破るとも離るるとても本ぞ忘るな」と読んでいます。
「伝統を踏まえながらもそこに留まることなく、つねに新たな世界を創造してゆく。
しかし、根源の精神は忘れない」つまり、「基本を守り、基本から応用を見出し、自分の型をみつける。それでも、基本を忘れるな」という事です。
「守」とは、基礎・基本の段階で、師の教え守り学ぶ事を言う。
誠心誠意、教えを守り、反復稽古により身に付ける時であり、成長がはっきり見える段階です。
空手を学ぶにあたって、教えや技などを忠実に守り、その教えを日々精進する事で身につけると言う事で、師の話を良く聞き、行動を見習って、価値観をも自分のものにする努力をする時期にあたります。
「破」とは、変化・応用の時期で、師の教えを深め、広げる事を言う。
大きく成長、発展する為に、技を完全に身に付ける為に、未熟な自己を打ち破る為に、研究・変革の段階です。その為には、初心に帰り自らの学ぶ姿勢を反省し、素直に、謙虚に、自分なりに考え、思考錯誤を繰り返すことで教えや技が確実に身に付くと、優れたものを認める素直さも生まれ、自然その教えや技を取り入れ、更なる飛躍に結び付けて行く時期にあたります。
「離」とは、自由・創造、在りのままで、師の教えを体現出来る時期であり、「技」を昇華、完成される事を言う
さらに修行していくうちに「基礎・基本」にとらわれず、また「変化・応用」も意識せず、独自の新しいものを生み出して、修行していく段階です。
自分自身で学んだ内容をさらに発展させ、独自の領域を創造してゆく時期にあたります。

「守・破・離」は、江戸時代の茶道・江戸千家で不白流の茶人・川上不白(1719−1807)が残した言葉で、武道の世界では、修行を始めてから「守」、師を超え「破」、独立する「離」までを三段階に分けている表現しており、茶道、武道、スポ−ツやビジネスでの仕事を習得する心構えにも応用さる等、人が成長するにあたっての道筋をあらわした教えとなっています。

3.心・技・体の一致とは何か。
武道を嗜む者は一度は耳にしたことがある言葉で、心=精神、技=技術、体=力・体力で、この三つがバランスよく調和していれば、自身の持てる力を余すこと無く、もしくはそれ以上に発揮出来るということを示している。
武道ではこの心技体が整って初めて気力の充実した技が出来る。つまり、この三つの内いずれかが、欠けるか、少ないなどでバランスが悪いとその実力が出し切れないということも表しています。
30年ほど前、あるトッププロゴルファ−が絶好調の時、「優勝のためには、心・技・体の一致が必要といわれてるけど、体力がなければ技術は身に付かない、技術がなければ自信も生まれず心(精神)も強くならないから俺は体・技・心だと思っている。」と言っていました。
確かに彼は恵まれた体力をいかし、誰にも負けない飛距離をもって攻めのゴルフで数々の栄冠を手にしていましたが、怪我そして年齢による体力の衰えとともにいぶし銀の輝きをはなつ事はありませんでした。今でも彼にとって先人の教えの「心・技・体」は、「体・技・心」なんだと思えてなりません。
人は、突然の恐怖に晒されると、心臓は激しく脈を打ち、体は金縛り状態で動かず、声すら発せられない状態になったりします。また自信がない事、苦手な事をしなければならなくなって緊張すると握った手が汗ばんだり、鼓動も高まり、体が硬くなったりします。
それは、心と体は一つで、心が緊張すると体も緊張するからです。
心身へのストレスは血管を収縮させる働きをする交感神経を緊張させます。そのストレスが適応範囲内の程良いものでしたら、適度に血管が収縮して筋肉への血流も豊富になりむしろ心身は活動的になっていきます。
しかし、適応力を超える程の強いストレスになると、一転血管が収縮し過ぎて血流が悪くなり筋肉の緊張が強まります。体が硬くなる原因は交感神経の過剰な緊張による血流障害と筋筋肉の緊張だと言われています。
人は、体力があってこそ、苦しい稽古に打ち込むことができ、技も早く身につける事も出来ます。又、持っている技を遺憾なく発揮するため、体力が必要なことは疑いようのない事実です。
しかし、そこに平静な心があって初めて持てる技と力を発揮することが出来るのです。
空手の稽古の目的は、身体の鍛錬と精神修養にあります。空手の激しい稽古で養われる「体」、身につく「技」、そして耐え抜くことで養われる「心」、心・技・体の一致は、己を高めるため、切磋琢磨、たゆまぬ修行においてのみ体得しえる境地といえる。

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松本祥男

1.空手道を修行するきっかけと、今まで修行して得られたものは何か?
空手を始めたきっかけは、体を鍛えたい・体を動かしたいと思っていた時、友人に紹介
され「空林会」に入会しました。
空手といって頭にすぐに思い浮かぶのは「組み手」「形」ですが、私は体力づくりに重きを置いて稽古に通っておりました。稽古に参加し続けているうちに、子供たちから帯の重みや序列について学び・子供達の声に癒しを感じ・空手の面白さに入り込み、黒帯を目指し続けてきたと思います。また黒帯を取得としてからは、指導者として支部運営に携わることができました。途中お休みもありましたが、今振り返れば16年程たちます。こうして「空手」に関わり続けることができたのは、一重に杉山師範、長田部長、金野先生をはじめ諸先生方、ご父兄の方々や稽古に集う子供たち、仲間達によって支えられてきたからです。
体力づくりであれば他にもいろいろなスポーツがありますが、空手は「礼に始まり礼に終わる」と言われるように「礼節」を重んじており、他スポーツとは別の味があります。「礼節」とは「礼とは人と交わるに当たり、まずその人の人格を尊重し、これに敬意を表すことにより発し、人と人との交際を整え、社会秩序を保つ道である。節とはこの精進を表す作法である」とある本には書いてありました。稽古を通じて人との交流を深め、「形試合」では周りの選手や審判の視線を浴びて人前で「一人」で演武する勇気、「組手試合」では相手と対峙して間合い見ながら技を繰り出す緊張感、ここで生まれた「自信」「経験」が今現在、私の社会生活の糧になっています。
この場所は、「空手に対しての追求の場」「時間を忘れて無心になれる場」「子供たちの笑顔に癒される場」そして自分自身の内なるものとして日常生活の「心を整える場」としてとても大切な部分を占めていると改めて感じております。
空手を続けることの難しさを感じながらも、振り返ればここに関わる師範をはじめに皆様に感謝の気持ちであります。

2.審判をする場合においての心得を述べよ
「審判」とは、「試合をルールに則って厳密かつ円滑に進行・成立する役割を担い、判定
をくだす。」と辞書に書いてあります。「組み手」・「形」の試合を、審判として意識するに
あたり「中立(公正・公平)」さらには「無駄のない、安全な試合運び」と考えています。

審判員の試合での着眼点として下記の点があげられます。
【組み手】の場合
「技」は攻撃部位にコントロールされたものであり、また6つの要素を加味して判定を下す。6つの要素としては「よい姿勢・スポーツマンらいしい態度・気力・残心・適切なタイミング・正確な距離」があげられる。なお、攻撃部位は「頭部・顔面・頸部・腹部・胸部・背部・脇腹」です。

【形】の場合
「体の伸縮」「力の強弱」「技の緩急」などがあげられるが、さらには「形の理解度、リズム、スピード、バランス、極め、演舞者の目線・気迫・立ち方・足運び」を加味して判定をくだす。

心得として審判が臨むにあたり下記要件が必要と考えます
・審判の「意見・意識」は試合場に限らず周辺にも及び、安全な試合運びをするために周囲の安全に配慮し、判定について周りから偏った判定と解釈されないようにするため、試合会場では子供達を応援したくなるのが心情でありますが、選手たちとの会話は場所を考え、振る舞いに注意する必要がある。

・試合は選手・審判のみならず「記録・呼出・時計等」から構成されており、大会関係者では人数が足らず、ご父兄の方々にお手伝いを募って参加される場合もあります。大会に関心があり善意の協力で成り立っていることを忘れてならい。


・審判としての最大の役目である「中立」は、選手の拳先・足先に集中し信念をもって判定態度とるところにあります。普段からのルールの理解と講習会等を通じて正確で公正な審判技術を体得する努力によって生まれてくること。

つまり審判として臨むには、選手の安全・周囲の配慮・円滑な進行(目配り・気配り・心配り) ・日々の判定技量の精進が求められるものと考えます。

3.人間の急所について
人間の急所とは辞書では、「ダメージを負いやすい人体の部分のことである」と書いてあ
ります。
急所といって思いつく場所として、ギリシャ神話で登場する「アキレウス」トロイア戦争で活躍するも弱点のかかとを弓で射抜かれ、これが原因となって命を落としたという逸話より生まれた「アキレス腱」や 歴史・源義経に登場する「武蔵坊弁慶」。慣用句にでてくる「弁慶の泣きどころ」といわれる「脛」などがあげられます。
急所とは、相手がどんなに強く屈強な人間だろうと鍛えようにも鍛えられない場所です。
急所にダメージをうければ、その部位の機能が低下及び停止し体が動けなくなります。このため人間とっと大切な場所である、各部の急所の知識があれば、相手と対峙した時有効な攻撃ができ、また相手からの急所攻撃に対しても防ぐことがでます。
主な急所はとして下記があげられます。
顔面「目、鼻、口、耳、首筋」・鎖骨・喉・みぞおち・肋骨(脇腹)・指・睾丸・すね「弁慶の泣き所」・足首・「アキレス腱」・足の甲

空手は武道の上では、相手と対峙して「一撃」をもって「相手を倒す」ことを念頭においております。現在はスポーツ競技として安全を第一にルール化されているため、試合では一部攻撃を禁止している部分もありますが、競技空手での攻撃部位として「頭部・顔面・頸部・腹部・胸部・背部・脇腹」が揚げられます。その上で急所を意識しながら部位を的確に見定め、意識して繰り出すことが更なる技の精進につながると思います。

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金野 健

1.拳の握り方
正拳の握り方は、先ず親指以外の四指を握り込み、人差し指と中指の末節骨あたりに親指を添えて握り込み拳を作る。
また拳の種類は他に裏拳、一本拳、中高一本拳などいくつかあり、それぞれの握り方は様々である。強い正拳を打ちつつ、なおかつ怪我をしないためには、正しい拳の握り方を習得する必要があります。
空手家にとって拳の握り方は永遠の課題とも言われているそうです。

2.審判をする場合においての心得
審判は中立公正でなければならない。また審判は常に威儀を正し、堂々たる態度を保持しなければならない。
その理由をあげると、試合の勝敗を判定し怪我をしないよう見極め、更に選手が安心して最高の試合ができる環境を作り出す為だと考える。
そのため審判は注意力を集中して競技を監察し、かつ一挙一動を正確に判断しなければならない。

3.指導者としての心得と指導法
先ずは自分ができなければならない。

やって見せて、言って聞かせて、やらせてみて、褒めてあげる。

これが私の指導者としての心得と指導方法です。

4.空手道稽古により培われたものが、社会生活を営む上でどう役立っているか?
稽古は日々勉強だと考える。 それが努力であったり我慢であったり、いつも自分との
戦いでもあったりする。 そして稽古を続ける事によって、自分に負けたくない、頑張らなければと、精神面や肉体面において強くなる事が出来た。
また仲間と稽古を行う事により切磋琢磨したり、仲間を大切にするようにもなれました。汗水流した仲間は、師範や先輩また後輩や生徒でもあったりして老若男女を問いません。
自分がいて仲間がいる。仲間がいて自分がいる。人は独りでは生きていけないと思う。

空手道稽古を通して多くの人に出会う事が出来、またいろんな事を体験出来た。
社会生活を営む上においても、人と人との繋がりをもって仲間を大切にし、更に人にも優しく出来るようになりました。
私はこれからも空手道稽古を続けていき、自分自身を鍛えながら更なる向上を目指したい。

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(初段)2010年8月22日合格
筒井裕子

1. 指導者としての心得と効果的な指導法について述べよ。

指導者としての心得
*ケガをさせないように気をつける
*チャレンジする気持ちを伸ばし、自信につながるように指導する。
*目標を聴き、それを達成できるように、応援、指導する。
*生徒自身が、どうしたら良いかを、自分で考えられるように指導する。
*楽しさを伝え、一緒に楽しむ。
効果的な指導法
*目的やねらいが何であるかをはっきりさせ、伝える。
*レベルに合わせた指導、分かりやすい説明をする。
*大切なところ、分かりにくいところは、実際にやってみせたり、具体的に伝え
る。
*アドバイスは、一回に一つ。やり終えたら結果をすぐに伝える。
*少しでも理想や目標に近づいてきたらほめる。
*指導できた自分もほめる。

2. 空手を修行するきっかけと今まで修行してきて得られたものは何か?

空手を修行するきっかけ
空手は、高校時代の部活動で始めました。
私は、ボール競技と団体競技が苦手なので、そうではないもの、ということと、
私の地元ではあまりメジャーではない競技なので、上の大会へ行かれる確率が高
いということ、という理由で選びました。
その3年間での空手が楽しかったのと、運動不足解消の為とで、また空手がやり
たいなぁ、と思っていました。
近所でやっている空林会では、子供も大人も一緒に稽古していて、楽しそうだっ
たのと、仕事が終った夜に通えるのとで、私にも無理なく続けられそうだったの
で、入会させていただきました。
修行して得られたもの
*娘と一緒に入会したので、共に同じ事をガンバル、という貴重な経験ができま
した。
*子供たち、先輩方が一生懸命やっているので、それを見習ってやったら、気力
や体力が向
上しました。
*60歳前後の方が、気合いの入った稽古をされているのを見て、私も、年を重
ねてもがガンバロウ
と、目指すものができました。
そして、沢山の知識、良い仲間、師です。

3. 空手に適した効果的なトレーニング方法を、どういったものを鍛えるかを念
頭に入れて述べよ。

体幹を鍛える

ほとんどの動作において、安定した体幹が必要です。
体幹が安定することにより、手脚もスムーズに動きます。
安定すれば動きのロスも少なくなりスピードがアップします。
エネルギーロスが少なくなる分スタミナもアップします。
そのような安定した体幹を作り、体幹から力を伝える感覚を体得することにより
、運動パフォーマンスの向上につながります。

姿勢力、蹴り、突き、受けなど、全てに効果的なトレーニング方法
*腹筋運動 体幹を鍛えるトレーニングとしてとても効果的。腰を反りすぎな
いように注意する。
*腕立て伏せ 胸の筋肉(大胸筋)をはじめ上半身の筋力トレーニングの最もポ
ピュラーなもの。
*ニートゥチェスト 腹筋はもちろん、股関節の動きをつかさどる腸腰筋(ち
ょうようきん)、上半身を起こす時に使う上腕三頭筋(二の腕)を同時に鍛える
ことができます。
*エルボーニーバランス 腹筋・背筋を鍛えると共に、体幹を対角線で結ぶ、
肩〜股関節のライン上の筋肉の安定性を強化させる。強度を上げるには、膝でな
く、つま先で支える。
*ワンレッグバランスタッチ 片足でバランスを取りながら体幹を安定させる
ためのトレーニング。出来るだけ背中を丸くしないように股関節から体を前に倒
し、50センチ先の床にタッチ。
*その他、足指片付け、尺取り虫、Zの姿勢、雑巾がけ、綱引きなどなど

体幹トレーニングを効果的なものにする為に
*トレーニングする部位を意識させる
*フォームが崩れない程度の、個々に合わせた回数、強度で
*息を止めずに、呼吸をしながら
*内容を変えてバランスよく、飽きさせないように楽しみながら鍛える

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小林正和

1.人間の急所について

人体には実にたくさんの急所があり。目、金的など有名なところから、みぞおち、頚椎、わきの下等、さまざまあります。それらに共通することとして、次の二点があげらるでしょう。

一つ目は鍛えられない、又は鍛え難い部位であるということ。鍛え難い部位という点について補足させていただければ、鍛え難いゆえに鍛えていない部位であり、鍛えぬいたらそこは急所とは呼べないのでしょう。
例えば、脛です、「弁慶の泣き所」という言葉もあるように、そこを強打すると実に痛い、動きも止まる、又、筋肉に覆われていないので鍛えづらくもあり、部位として急所と呼ぶ人がいるのもうなずけます。しかし、鍛えぬいたらどうでしょうか?
私は過去に金属バットを脛で3度4度と脛で蹴り、曲げて行くのを見たことがあります。彼にとってそこは急所でありえるでしょうか?仮に彼と相対したとして「奴の急所を攻めろ」と言われた時、脛を連想する人はいないでしょう。
そういう意味で鍛え難いゆえに鍛えられていないから急所と呼べとのべたのです。

二つ目は攻撃されたときに、身体的に著しく機能が低下、停止される部位であるということでしょう。例えば目は攻撃されれば、視力を奪われるということは容易に想像できます。
では他の部分はどうかといえば、これらも同様で、例えばわきの下、ここには神経が集中しており、強打すればそこから先、つまり腕の機能は著しく低下します。というよりもあまりの痛みにしばらく体が動かせなくなるでしょう。
このように人体全体で見て影響が大きいのも急所たる要点の一つでしょう。

これら二つの要点を満たす箇所、つまり金的や目、背後(脊髄等)等の急所への攻撃は空手の試合や他の格闘技でも危険であるために特に禁止されていますが、逆に言えば実戦では有効な攻撃手段だということです。攻撃者からは絶対に守るべき部位であり、急所を守るということは自らを守るための必須条件といえます。

以上の点を踏まえたとき、空手の組手における、実際に相対し的確な場所へ的確な攻撃を与えるというのも重要ですが、ルールが整備されてるが故に攻撃箇所やパターンが画一的になり、多々ある急所への対処をカバーしきれないところもある。そこを型を通して身につけるというのも重要です。

2.空手道を修行するきっかけと、今まで修行してきて得られたもの

30歳を迎える頃から、体力的な衰えを感じるようになり、何か体を動かす趣味を始めようと考えていました。そんな折、会社の同期「俺、キックボクシング始めたよ」といわれました。
それに触発され、「いつまでも考えていても仕方が無い、何でもいいからとにかく動こう」と、とりあえず、近場で金銭的にも無理なく通えるところを探し、見学に訪れたのが空林会でした。
結局そのまま入会することとなったのですが、当初から「武道系の何かが良いなぁ」という位で、空手をやろうと思ったわけでもはありませんでした。改めて考えてみると本当に気まぐれではじめたのですが、良い指導者や仲間にめぐり合えたのですから、これも一つの縁でしょう


武道は刀と鞘に例えられる事がよくあります。私はこうして始めた空手によって、当初からの目的であった健康的な体や、空手の技など刀の部分と、当初まったく意識していませんでしたが、人との交流の広がりと、そこから生まれる社交性、人間性といった鞘の部分の二つを得ることができました。刀(身)と鞘(心)、両方あるから空手”道”なのかなぁ?と今更ながらに考えてしまいましたが、それを後輩に伝えられるよう、より一層努力していきます。
と、自分以外の事を考えられるようになったのも、得られたもののひとつです。

3.空手道に適した効果的なトレーニング方法

空手道の競技には組手と型とがありますが、どちらにも共通して足腰の強化が特に重要といえます。これは何も空手道に限ったことではなく、他のほとんどの競技にも同じことが言えるでしょう。
何事もまず、土台が大事で、それがちゃんとできていないと始まりません。建物を作る際もそうであるように、人間も同じです。
人間にとって土台の部分は足腰です。たとえ上半身を鍛えても、それを支える足腰がふらふらでは突きも碌に打てませんし、最悪何一つ身につかないということもありえます。
その為、何においてもまずは足腰の強化することが必須であり、それこそが効率の良いトレーニングといえるでしょう

まずは、筋力を身につけなければなりませんが、走り込みや、スクワット、カーフレイズ(かかと上げ)が効果的でしょう。それにより、下腿三頭筋や大腿四頭筋が鍛えられ、すばやいフットワークや安定した足腰を身につける下地ができます。その際あまり数を多くこなすより、負荷を大きめに、すばやくやるようにすると良いでしょう、というのも軽負荷で多い回数をこなすと筋持久力は身につくのですが、筋肥大にはつながりにくいためです。
例えば同じ走ると言う競技でも、マラソン選手と短距離走の選手では身体つきがずいぶん違いますね?マラソン選手は筋持久力はありますが、筋肥大していません、短距離走の選手はそれとは逆に筋肥大していますが、筋持久力はあまりありません。空手の競技は瞬発力が必要なため、効率よいトレーニンは短距離の選手に類似するでしょう。その為ある程度大きい負荷をかけた方が効率が良いということになります。

筋力がついたら、今度はそれを効果的に使用できるようにしなければなりません。それにはとにかく、足腰を意識して稽古に望むことです。けりだす瞬間や、姿勢を維持するとき、とにかく無意識でできるようになるまで意識することです。そうして足腰の強化、動作が身についてくれば、次第に手や身体全体の動作も身についていきます。このように土台から一つづつ強化し、身につけていくことが、もっとも近道で効果的な稽古なのだと思います。

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渡部雅貴

1.空手道の起源について述べよ。

1つめは、久米村三十六姓輸入説。2つめは「無方」からの発展説です。久米村三十六姓輸入説とは、那覇の久米村に1392年移住してきたされる「?人三十六姓」と呼ばれる職能集団が琉球に先進的な学芸、技能等をもたらした時、空手の起源となる中国拳法も同時に入ってきたとされる説である。
もう一つ「無方」からの発展説とは、そもそも無方というのは沖縄方言で踊りの意味で、無方と呼ばれる音曲にあわせて踊る武術的な舞踊があり、戦前まで各地で見られたそうです。このことから手(沖縄固有の武術)が生まれ空手に発展したらしい。
空手道の起源ってこうなっていたのか、とすごく勉強になりました。

2.型の三要素とは何か。型を習う目的は何か。

型の三要素とは、力の強弱、技の緩急、体の伸縮です。力の強弱とは、突きや蹴りは強く、摺り足の時や柔らかい動きをする時は力を弱めます。技の緩急とは、速くやる所、ゆっくりしてきっちり決める所の違いをいいます。そして体を大きく見せる所、下に攻撃する時に体が縮む所の違いを体の伸縮といいます。

型を習う目的は、自分を守るためでもあるが、周りの人たちを守ってあげられる力をつけるためでもあります。

3.有段者として心得を述べよ。

もう僕は最高の黒帯になりました。色帯の時は上の人に何でも教えてもらっていましたが、もう黒帯なので下の子に教える立場にもなります。小さい子でも優しくするばかりでなく、注意することも大事だと思います。
僕が色帯の時黒帯だった先生や先輩たちは下半身がすごく安定していて、突きや蹴りはすごく速く強くて、格好よかったです。
僕も下の子に「格好いい!!」って言われるよう頑張りたいです。

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(初段)2009年9月12日合格
1.間瀬恵子(1954.8.31生)


◎空手道を修行するきっかけと、今まで修行して得られたもの

空手を始めたきっかけは、子供に忍耐力と精神力そして礼儀を身につけさせたいため小学校2年生のとき空林会へ入会させました。子供に付き添っている間に空手の魅力に取り付かれて夫が1年後に入会することになり、その二人の流す汗をみて一緒に汗を流したいと思いその1年後に入会したのが始まりです。

空手を始めた時、黒帯を取る事は夢のまた夢でした。それでも何年かかっても"とりたい"と思ってきましたが、正直なところ実際とれるとは思ってもいませんでした。「継続は力なり」目標を持って努力し続けることが大事だと思いました。ご指導してくださいました師範、先生方ありがとうございました。

空手は、若くなければ出来ないと思っていましたが年齢・体力・レベルに応じた練習方法があり生涯を通じて学べるものとわかりました。これからも稽古でいい汗を流し、大声で気合いをいれて体内にあるストレスを発散させ、明日への鋭気を養っていきたいと思います。

空林会は空手だけでなく素晴らしい人々と出会える場所でもありました。
老若男女のたくさんの友達と出会うことが出来、みなさんと楽しさ辛さを共有できることは、素晴らしいものです。

また空林会の空手は、家族でもできる場所です。親子・夫婦・家族で空手を始めることをお奨めします。
家族でひとつの目標である初段にむかって汗を流せることは、家族の健康に「もってこい」です。我が家の場合、空手では子供のほうが先輩ですので昇級試験前や大会前になるとアドバイスを子供からもらいます。家庭では、親と子であっても空手では先輩です。子供が頼もしく感じました。ある稽古の時、ペアを組みお互いに負ぶって競争することがありました。息子の背中に負ぶさったときの息子のたくましさを感じました。空手の稽古でもない限り、息子の背中に負ぶさることなどなかなかないですよね。家族で受けた昇級試験、家族で参加した大会、喜びも悔しさもお互い共にしてきました。こんなことが出来る空林会に感謝しています。

我が家の夢・・・3人そろって黒帯を締めることです。
これからも夢にむかって家族でがんばっていきます。


◎私の夢

今年は、私の夢が四つ叶いました。

一つ、富士山の山頂に立つこと。
中学の時、担任の先生から富士登山の話を聞きました。「一生に一度は富士山へ」と富士山の山頂に立つことをずっと夢みていましたが、今年ついに夢が実現しました。途中、何度か苦しい場所がありましたが一緒の登った仲間達(知らない人たちも)の応援と「いっしょにがんばろう」という言葉で頂上に立つことができました。登山仲間に感謝!
頂上から見たご来光は、最高でした。今も富士山を見るたびに心が熱くなります。

二つ、マラソン大会で完走
マラソンは、大の苦手。でも心のなかでは、いつか大会に出て完走したいと夢みていました。空手の先輩に声をかけていただき、「いっしょにがんばろう」と一緒に参加してくれる仲間がいました。応援の声にガンバル自分がいました。大会では、自分のペースを最後まで崩さず見事完走することできました。終わったあとの、達成感と流した汗は格別でした。一緒に走ってくれた仲間に感謝!

三つ、黒帯をとること
空手を始めたときからいつかは、黒帯を締めたいと夢みていました。
黒帯までの道のりは決して楽ではありませんでしたが、努力の甲斐と師範・諸先生方のお陰で夢が実現しました。ご指導してくださった師範・先生方に感謝!

四つ、大会で金メダルをとる
いつかは、首に金メダルをかけてみたいと夢みていました。
今年の区民大会で運よく(運もツキということで)金メダルをいただくことができました。空手に携わっているすべての人に感謝!

夢を実現できたのは、いつもそばに素晴らしい先生や仲間そして家族がいたからです。夢は叶うもの・・・これからも夢にむかってがんばっていきたいと思います。


◎空手の流派について

空手の四代流派の特徴と形
剛柔流
流祖・創始者
宮城長順(1888〜1953)
特徴
円を描くような滑らかな動作が多い。この動作は接近戦になったとき、相手の技を受け流したり引き込んで利用し、その力を使って反撃する意味をもっている。独特の呼吸法や、「ムチミ」という粘りのある動作も剛柔流の特徴である。
形では、攻撃と防御が一体となっており、「剛」の動きと「柔」の動きの組み合わせが自由自在である。

得意形リスト
サンチン、サイファ、セイユンチン、シソーチン、サンセール、サイセン、セイパイ、クルルンファ、スーパーリンペイ、テンショー

松濤館流
流祖・創始者
船越義珍(1868〜1957)
特徴
遠い間合いからの攻撃と、直線的な動きが特徴。深く腰を落とした立ち方からおおきな運足で移動し技を極める動きが多く見られる。

得意形リスト
抜塞(バッサイ)大、抜塞小、観空大、観空小、鉄騎初段、鉄騎二段、
鉄騎三段、半月、十手(ジッテ)、燕飛(エンピ)、岩鶴、慈恩(ジオン)、
王冠(ワンカン)、ソーチン、二十四歩、五十四歩大、五十四歩小、チンテ、
ウンスー、明鏡、ジイン

糸東流
流祖・創始者
摩文仁賢和(1889〜1952)
特徴
研究熱心な摩文仁賢和は糸洲安恒、東恩納寛量の二人の師についた後も、両派以外に松村派、新垣派などの各派も修め、空手以外でも琉球古武術を学んだ。
このため、首里手・那覇手を中心に幅広い技術体系が確立されている流派であり、他の流派と比べても形の種類が多い。

得意形リスト
ジッテ、ジオン、ジイン、松風、ワンシュ−、ローハイ、バッサイ大、バッサイ小、トマリバッサイ、松村バサイ、コソークン大、コソークンシホ、チントー、チンテ、セイエンチン、ソーチン、ニーセイシ、五十四歩、ウンシュー、セイセン、ナイファンチン2段、ナイファチン3段、アオヤギ、ジューロク、ニーパイポ、サンチン、テンショー、セイパイ、サンセイル、サイファ、シソーチン、クルルンファ、スーパーリンペイ、ハクチョー、パチュー、ヘイク、パイク、アーナン、アーナンコー、パプレン、チャタンヤラ・クーシャンクー

和道流
流祖・創始者
大塚博紀(1892〜1982)
特徴
大塚博紀が柔術(神道揚心流)を学んでいた影響から、「流す」「乗る」
「往なす」などの体捌きが見られる。相手の攻撃に対し、力をもって制するではなく、体の裁きによって受け流し、攻撃に転ずる。つまり、相手の技を流した動作がすでに攻撃となっている。これは、和道流の起源が柔術を取り込んだものだからである。

得意形リスト
クーシャンクー、ナイハンチ、セイシャン、チントー、バッサイ、ニーセイシ、ローハイ、ワンシュー、ジオン、ジッテ

大会でいろいろな流派の選手がいろいろな形をやります。参考にしてみて下さい。

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2.N(1986.8.26生)

◎空手の流派について
空手の起源は、沖縄(当時の琉球)において、度重なる禁武政策によって武器を取り上げられた農民が生み出した、徒手空拳による格闘技「手(テイ)」であると言われている。その後、「手」は「唐手(トーテー)」と呼ばれる様になり、沖縄各地に広がっていく過程で那覇手、首里手など、後に流派と呼ばれる源が出来上がった。現在は、剛柔流、糸東流、松涛館流、和道流の四つの流派が、四大流派と呼ばれている。以下で、それぞれの特徴について説明する。
剛柔流の特徴は、剛柔流が発祥した地域の特徴と大きく関係している。剛柔流発生の地である中国大陸の南に住む民族は、北の騎馬民族に対して、河路、海路を舟によって生活していた。したがって、舟の上でもバランスを崩さないよう、足の裏が床から離れることが少なく、動きは床を擦るように移動しなくてはならなかった。こうした動きが「三戦立」を始めとする、剛柔流の技に息づいている。一方で、剛柔流の教えは、体力、技術の上達は当然として、それらを通して気力、精神力を高めることにある。流祖である宮城長順先生の教訓が「人に打たれず、人打たず、ことなきをもととするなり」の無事の哲学であるように、強さとともに「やさしさ」「思いやり」「品位」を培う流派である。
糸東流は、首里手、那覇手の各派や、琉球古武道の棒術などの技術と精神を融合、融和させたものである。その技法上の特徴は、単に突き蹴りだけでなく、投げ、逆技といった技術をも含み、総合武道の様相を呈する。また、精神教育に重点を置いており、円満な人格の形成・向上を目指している。
松涛館流の「松涛」とは、松のように堂々と、岩に砕ける怒涛のように力強くとの思いに由来する。同流派は、船越義珍先生を祖師とし、その教えを忠実に守っている。船越義珍先生の教えである、空手は「精神修行の道であると共に、誰にでも出来る、体力がなくとも長く続けられる体育であり、健康法であり、護身術である」という言葉通り、型の稽古には、「左右均等に体を動かす」「息切れしない呼吸法が求められる」など体育的要素と武術的要素が取り入れられている。
和道流は、柔術や空手、剣術の理合を根本から見直し、その技術体系にそれら武術の理を取り入れて再構築したものである。同流派の特徴は、敵の攻撃を流し、それに乗り、先の先、後の先で制するところにある。

◎「守・破・離」とは
「守」「破」「離」とは、修行における順序を表す言葉で、独自の境地を拓く道筋として、師の流儀を習い、励み、他流をも学ぶことを重視した教えである。
「守」とは、指導を受ける最初の段階に、師の教えを守ることである。一般的には、師の教えを忠実に守り、そこから外れることのないように精進して身につけよ、という意味である。したがって、この教えの下において、学ぶ者には、師からできるだけ多くの話を聞き、師の行動を見習い、師の価値観をも自分のものにするつもりで修行する姿勢が求められている。
「破」とは、師の流儀を極めた後に、そこから一歩進めて他流の教え、技を取り入れることを心がけ、師から教えられたものにこだわらず、さらに心と体を発展させよ、という意味である。「守」の段階で、師の教えを確実に身につけていれば、自然と他流の師の教えも心がけ、他流のよい技を取り入れるようになる。そのようにすることで、自らの守ってきた技を破って、自己を発展させることができるのである。
「離」とは、「破」の状態よりさらに修行して、「守」にとらわれず、また、「破」も意識せず、自ら一つの形、流派を離れて新機軸を開いて、独自の新しいものを生み出せ。という意味である。
「守」「破」「離」は、単に武道の世界だけの教えではない。学問も経営も技術も、すべてに当てはまる。師に教えられて師に止まっていては発展することがなく、師をしのぎ、伝統を越え、より高い次元に発展成長してこそ文明の進歩がある。空手の型も、私たちが生活しているこの世界も常に変化している。その変化に対応するには、受け継いだものに常に工夫を加えなくてはならない。すなわち、この言葉は、限りない修行・研究に没入することを求めているのである。

◎組手における間合いとは
空手をはじめとする格闘技には間合いと呼ばれる概念が存在する。間合いは、ものとものとの隔たりという空間的な意味と、ものごとを開始するのに適した時期という時間的な意味を持つ。これらは空手の場合、選手間の距離や技を仕掛けるタイミングなどを指す。
組手において、選手は、互いに間合いをはかりながら技を繰り出し、また相手の技を捌く。そして、技を仕掛けるのに適した間合いは選手ごとに異なり、その要因として身長などの身体特性や、構えや戦い方などの戦略が関係している。そうすると、どちらかの間合いに入ってしまうような、ある一瞬の状況が一方の選手のみに有利に働くという事態が生じる。
そこで選手は、自身にとって有利な状況を作り出すために、自らの間合いを把握し、相手の間合いを予測しなければならない。その上で、自らに有利な間合いに相手を置くように、慎重に距離や構えを決めるのである。こうした技術は、間合い自体が選手独自のものであるから、人から説明を受けてもなかなか得ることはできない。したがって、多くの経験を通して培っていく必要がある。

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(初段)2007年3月24日合格
1.武井拓也(平成6年4月18日生)

◎「空手道を修行するきっかけと、今まで修行してきて得られたものについて」

ぼくは2年生のころにブルース・リーの映画を見て、ブルース・リーが敵と闘う姿を見て、それに憧れてなにか格闘技をやろうと思い空林会に入りました。最初は礼儀を習い、そして型や組手も習いました。ぼくの目標は黒帯をもらうことでした。でもぼくは組手だけが大好きで、型なんかどうでもいいと思っていました。でも黒帯をもらうためには、型はものすごく大事なものだということがわかりました。なぜなら型には空手の基本が全部入っているからです。ぼくは黒帯をもらうために一生けん命努力し、今年やっと黒帯をもらえました。ぼくは嬉しくて嬉しくて今までちゃんとやってきてよかったなぁと思いました。
今まで修行して得られたものは、黒帯をもっらた誇りです。ぼくにとって黒帯をもらったことは、一生の宝物です。これからも部活などで忙しくなるけれど、行ける時はちゃんと行き、黒帯をもらった誇りを忘れずにしたいです。

◎「拳の握り方について」

正拳の握り方について説明します。
1. 人差し指、中指、薬指、小指を折り畳むように深く握る。
2. 親指の第1関節を強く曲げて、人差し指、中指の第2関節の上をしっかりと押さえる。
3. 握りしめた人差し指、中指と、手の甲の角度が直角になるようにする。

◎「空手の起源について」

空手の起源に関しては諸説があります。主なものは下記の通りです。

1.「田舎の舞方」からの発展節
舞方(メーカタ)とは、琉球語で踊りの意味だそうです。田舎の武術的要素をもった琉球舞踊から沖縄固有の武術「手(ティー)」が生まれ、空手へと発展したとする説。安里安恒やその弟子の船越義珍はこの説を唱えています。
2.久米三十六姓導入説
那覇の久米村(クニンダ)に、1392年、当時の明の福建省から「ビン人三十六姓」と呼ばれる職能集団が移住してきたとされ、彼らは琉球に先進的な学芸、技能等をもたらしましたが、この時空手の起源となる中国拳法も同時にもたらされたとする説。ただし当時は中国でも拳法は未発達であったことが知られていて、近年ではこの説は疑問視されることも多いそうです。

3.海洋貿易輸入説
かつて琉球の人々は中国のみならず、広く東南アジアなどの国々とも貿易を行なっていた。これらの地域には、空手や琉球の武器術と類似した武術が存在するそうです。それから貿易を通して、これらの国々の武術が伝来しながら、沖縄固有の武術「手」が独自に発展したとする説。

他にもシマ(沖縄相撲)からの発展説、本土から柔術が伝来した説などがありますが、いずれの説も明治以降の空手家、研究者の唱える説であって、それぞれの説を裏付ける明確な歴史資料が存在するわけではないそうです。

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2.大澤洋樹(平成6年9月12日生)

◎「空手を始めたきっかけと修行をして得たもの」

僕は、小さいころブルースリーの映画を見て、「ヌンチャク」と言う物を知りました。そのヌンチャクが使いたくて、武道の稽古をやっている色々な空手の道場を探しました。そして、ヌンチャクや、棒、を使って練習をしている道場が『空林会』でした。僕は早く、ヌンチャクが使いたくて、そして強くなりたくて、空手を始めました。
そして、得られたものは、多少の筋力と心の強さと、集中力です。筋力がついたことで、拳が強く握れたり、型のメリハリがつくようになりました。以前は試合のときにすごくドキドキしてフットワークが出来なかったけれど、空手の修行をしてきたことで心が強くなり体が思うようにうごくようになりました。空手の修行をしているときに1時間30分の間すごく集中して出来るようにもなりました。


◎「空手道修行の目的」

空手修行をするのは体や技を鍛えるのもあると思います。でもそれ以上に「心」「集中力」「礼儀」を鍛えるものだと思います。

◎「有段者としての心得」

有段者になったからには今まで習ってきた全ての技、型を全て答えられるのは当たり前。形まできちんとできて、色帯の人たちにも教えられなければいけないと思います。そしてこれからは、今までより修行をがんばろうと思います。

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3.山本陽士(平成6年5月28日生)

◎「型の三要素とは何か。型を習う目的とは何か。」

型は、突き、蹴り、足の運びなど空手の技術がぎょうしくされていると思います。型を習う目的とは、この空手の技術の習得のほかに、体の鍛錬、気迫や集中力を養うものだと思います。その型の三要素とは力の強弱、技の緩急、体の伸縮です。

力の強弱とは力を強くしたり、弱くしたり、めりはりをつけることです。そして決める瞬間に力を入れて、強い力を出すものです。技の緩急はすべて同じ調子で型をするのではなく速さを早めたり、遅めたりすることです。たとえば相手の攻撃を受け流し、すばやく攻撃することなどです。

体の伸縮は、大きく見せるところは大きく見せて、小さく見せるところは小さく見せることです。この三つは型をやるときには意識しなければいけません。

◎「拳の握り方」

拳の握り方の基本は、正拳の握り方だと思います。握り方は小指、薬指と順に曲げて行き、強く握ります。そして人差し指と中指親指で押さえます。相手にあてるときは、手首をまっすぐ伸ばし、手の甲が直角になるよう相手にあてます。相手に当たる時思いっきり握ります。

◎「空手道を修行するきっかけと、今まで修行してきて得られたものは何か。」

僕は二年生のときに空手を始めました。きっかけは父、も武道をしていたので、父の勧めでやり始めました。そして初めての大会でも初勝利を収めることができました。そうして得られたものは、空手の技はもちろんですが、目標に向かって頑張ることと礼儀作法でした。試合に向けて練習をしたり、昇段審査に向けて稽古をしました。また礼儀作法は空林会に入ったときは挨拶もろくにできませんでした。そのころは敬語も使えませんでした。空手では敬語とあいさつが必要だったのでちゃんとできるようになりました。
これからも空手の修行を続けていき、今より上を目指していきたいです。

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4.間瀬拓海(平成 年 月 日生)

◎「空手道を修行するきっかけ、今まで修行して得られたもの」

僕は空手道を小学校2年生の時に友達と共に始めました。きっかけは極単純でその友達と何かを始められないかと思ったところ、父に勧められて始めました。空手道の修行を続けることにより、いろんなものを得る事ができました。
その一つは自分に対する自信です。組手などの試合の時、勝って練習の成果を発揮できれば自信がつきましたし、逆に負けてしまったとしても「もっと練習して今度は勝ちたい」という意志に繋がります。そうやって僕は「自分にもやれば出来るんだ」という自信がつきました。
そして、もう一つは練習や合宿を通してたくさんの仲間ができたことです。練習の際、間違っていることがあればアドバイスをくれます。試合で負けた時には「また頑張ろうよ」と励ましてくれました。僕には空手道のおかげで、自分に対する自信だけでなく、仲間という大切な存在まで得る事ができました。そんな空手道は僕にとってかけがえのないものだと思います。

◎「有段者としての心得」

まず、有段者というものは色帯の人にとってお手本であり、「ぼくもああなりたい!」などの憧れる存在でなくてはいけません。そのためには型も組手も大切ですが、空手道の理念(空手道二十訓)を守る事も必要だと思います。
また、有段者になるという事は人に教える立場になるという事です。教えるという事は、自分が完璧に出来ていて初めて出来る事だと思います。なので、常日頃から目標を持ち、練習に励む事が大切だと思います。
しかし、僕もまだまだ完璧には程遠いと思うので、これからも目標を持って頑張って
いきたいと思います。

◎「守・破・離」について

『守』『破』『離』とは指導者から何かを学び、ひとり立ちするまでの段階です。

『守』・・・最初の段階は指導者の教えを守り、その動きを見て自分のものにしていく段階である。学ぶ人は教わったすべてを習得できたと感じるまで、指導のとおりの行動をする。それができたら次の段階に入る。
『破』・・・この段階では、指導者の教えを守るだけではなく破る行為をする。独自の工夫をして、指導者から教わらなかった方法を試してみる。そしてうまくいけば、自分なりの発展を試みる。
『離』・・・最後の段階は指導者のもとを離れ、自分自身で学んだ事を発展させる事である。

僕は、型にもこの「守・破・離」は当てはまると思います。型も、最初に教わった事を守ります。しかし、型も実践を想像すると改善するべき所があるかもしれません。そこで、その型を破る努力をします。今、自分で必要じゃないと思ったところは捨て去り、新しく独自の工夫を加えます。それを繰り返していくうちに、今までの型から離れて独自の型をつくり出していきます。そうやって良いものだけが残り、今の型へと変化しつづけているのだと思います。

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(初段)2005年4月3日合格
1.萩原雅貴(平成6年7月1日生)

◎型の三要素について
型の三要素には、「力の強弱」「技の緩急」「体の伸縮」の3つがあります。これらは、型の動作にめりはりをつけるのに必要なものです。型の三要素についてそれぞれ説明します。

「力の強弱」:力の強弱というのは、突きや蹴りの時には力を入れ、すり足の時などの柔らかい動きをする時には、力を抜くということだと思います。
「技の緩急」:技の緩急というのは、攻撃する時のように速くやる所とためる所のように、ゆっくりやる所の違いをつけるということだと思います。
「体の伸縮」:体の伸縮というのは、体をはる所のように大きく見せる所と、下に攻撃する所のように体が縮むようになる所があります。それを大きくやる所はより大きく、小さくやる所は小さくやるということだと思います。

◎振り返ってみて
ぼくが空手道を始めた動機は、1年生の時何か武道をやりたくて、剣道の見学に行ったけどつまらなそうで、空林会に行ったら友達がいて楽しそうだから入りました。
やってよかった事は、筋力がついたことです。それと集中力がついた事です。たくさんの友達ができた事、学校では習わない事を教わった事です。例えば、身体の場所の名前などです。そして、空手道だけではなく古武道も教えてもらった事も、やって良かったと思いました。
空手をやっていろいろな体験をしました。初めての合宿は、とても楽しみでした。あと声を大きく出せるようになりました。試合も良い経験になりました。
また空手をやって、筋力がついた事に気付きました。空手では、身体が柔らかい方が良いということに気が付きました。それは、蹴る時に足が高く上がって蹴りやすいからです。
これからも空手を続けたいです。

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2.真塩福志(平成6年3月7日生)

「ぼくにとっての空手道」
◎空手道を始めた動機
ぼくは、小さい頃から格闘技が好きでした。その中で一番興味を持ったのは、K−1という蹴りやパンチを使う格闘技です。そして、そのような選手になりたいなぁと思うようになり、空手道を始めました。空手が一番K—1に似ていると思ったからです。

◎空手道をやって良かったこと
大会で勝った時の気持ち良さです。組手の試合の場合、1本を先に取るともう1本頑張ろうという気持ちになります。型の試合でも、自分に旗が1本でも多く上がると嬉しく思います。審査の時も同じで、先生に褒められたり合格して帯の色が変わった時はとても嬉しかったです。特に今回は初段に合格して黒帯をもらった時は、特に嬉しかったです。これからももっと頑張ろうと思いました。

◎心構えと目的
僕は最初の頃組手だけが大好きで、型はあまり好きではありませんでした。でも今まで空手を続けてきて、型も大切だと気が付きました。それは、型には空手の基本が入っていて、大会で勝ったり審査で合格するには組手だけでなく型も一生懸命練習しないといけないと思うようになりました。だから僕は、型も組手も気を抜かずに頑張って練習しようと思っています。
今はまだ空手はオリンピックの種目ではないけれども、もし種目になるようなことがあれば選手に選ばれるように頑張りたいです。そして将来、空手道だけでなくいろいろな格闘技で活躍できるように、これからも空手道の修行に気を抜かないように頑張っていきます。

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(初段)2005年12月10日合格
3.安藤悠香(平成4年10月19日生)

私にとって空手道は、極楽のようなものでもあり一生懸命になれるところでもあります。みんなの型を見ていいところを参考にして自分でやったり、悪い所をちゃんと意識して直したりして、上達していくのがとてもうれしいです。空手をやっていると、一つのことに集中できるようにもなりました。
いろいろな人と稽古するのも楽しいし、大会に出られることも楽しいから続けることができました。逆に、空手がないとつまらないくらいです。
目標は新しい型を覚えて上手になることと、前にやった型を完璧にすることです。

◎空手道を始めた動機
空手道を始めたのは、まだ考え中の時にいつの間にか入会していました。お父さんが入会させました。(笑・泣) でも始めるととても楽しくて、一生懸命できたので今のようになりました。
気付いたことはあまりないけれど、全体的にうまくなったことだと思います。特に型です。だから色々な大会で記録が残せているのだと思います。だから組手も上手くなって記録が残せるようになりたいです。

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